中国で多元化するモバイル医療サービスと人気アプリ

目次

1. 多元化するモバイル医療サービス

中国のモバイル医療サービス市場には、大きく分けて企業ユーザー、コンテンツサプライヤー、個人ユーザーの 3 者が参与している。特に最近は企業ユーザーとサプライヤーが手を組んでオリジナルのサービスを提供する例が増えており、例えば保険会社はヘルスケア情報を積極的に提供することで知名度を上げてファンを増やすと同時に、加入者の健康を保つことで将来の利益率改善を狙っている。

またモバイル医療サービスにはツール・ハードウェア型とプラットフォーム型があり、それぞれ一般ユーザー(患者および健康な人)向けと医療関係者(医師、看護師、薬剤師など)向けに大別される。それぞれのニーズは以下の通りだ。

一般ユーザーと医療関係者では、モバイル医療サービスに対して求めるものが違うが、いずれもサービス同士で補完しあうことでサービス生態系を形成している。

2. 主要なモバイル医療サービスアプリ

● 春雨医生 http://www.chunyuyisheng.com/

2011 年 7 月に設立された北京春雨天下軟件有限公司が手掛ける総合医療サービス。オンライン上で医師の診察やアドバイスが受けられる「空中医院」と「プライベート医師」を軸に、ビッグデータによる医療ソリューション提供や医薬品の EC 販売を組み合わせた「B2C+B2B+C2B」モデルを築きあげた。健康を軽視しがちな 80-90 年代生まれの若者をターゲットにしており、アクティブユーザーは 3300 万人以上。登録する医師は全国で 4 万人を超え(同社の発表では 10 万人以上)、このうち約 43%は 国家衛生部が地域で最も医療水準が高いと認定した三級甲等医院に所属している。

自宅で医師から直接アドバイスがもらえる。歩数や食事内容の記録ツールとしても利用できる

アプリで提供されるサービスの多くは無料だが、医師の診断やアドバイスは有料となっている。2012 年 9 月から始まった定額相談サービスでは、ユーザーが 6 元、12 元、25 元のいずれか値段をつけて質問を掲載し、回答した医師に謝礼として支払う仕組みをとっている。また医師と 1 対 1 で電話相談ができるサービスもあるが、こちらは医師が自由に相談料金を設定することができる。これら有料サービスで医師が得た収入は合計2077万元に上っており、特に産婦人科と小児科での利用が多い(動脈網調べ、2014.10)。2014 年 1 月からは 1 カ月 8 元の有料会員制がスタートしており、無料会員からの転換率は約 5%とみられる。

また中国最大の医薬品販売サイト「好薬師(ehaoyao)」と提携しており、医師の処方薬や市販薬をオンラインでそのまま購入することができる。一部の都市では最寄りの薬局がすぐに自宅まで薬を届けてくれることもあり、自己診断機能を利用したユーザーの40%が好薬師で薬を購入しているという。

なお姉妹サービスとして、プライベート診断の契約をした医師といつでも連絡をとることができる「春雨私人医生」、妊娠中の女性に特化した「春雨孕期医生」、育児に特化した「春雨育児医生」、ヘルスケア情報を集めた「春雨閲読」などのアプリがある。また一般ユーザー向けとは別に医療関係者向けのアプリ「春雨手機診所」がある。またこれまでにベンチャーキャピタルから 3 度に渡って総額 6100 万ドルの融資を受けており、今後の成長が注目される。

● 掛号網・微医 http://www.guahao.com/

浙江省杭州に拠点を置く杭州広発科技有限公司が 2010 年に始めた総合医療サービスプラットフォームで、国家衛生計画生育委員会の批准を受けている。全国の 1300 を超える重点病院の情報管理システムと連携しており、ユーザー数は 5000 万人、登録医師は 15 万人を超える。2014 年には延べ 1.6 億人が利用した。

PC 版の「掛号網」とモバイル版の「微医」 PC 版の方が情報量は多い

外来予約はもちろん、医師が回答する無料相談、有料のプライベート診断、画面をタッチしていくだけの簡易自己診断、ヘルスケア情報コンテンツなどがある。無料相談はユーザー1 人につき 1 日 2 回まで、1 カ月に最大 5 回の相談ができ、同じ相談には 7 回まで返信することができる。有料のプライベート診断サービスは、医師がそれぞれ料金を設定しており、ユーザーは質問を投げかけてから 15 分以内に支払いを行う必要がある。なお 48 時間以内に医師から回答がなければ自動的に料金は払い戻される。こちらはユーザー1 人につき 1 日 10 回まで、1 カ月の上限回数はないが、同じ医師に対しては 1 日 3 回まで、同じ相談には 7 回までしか返信できない。また外来予約にかかる手数料は一部の病院を除いてオンラインで決済できず、当日病院で支払うことになる。

医薬系 B2C として市場をけん引してきた掛号網は、サービス開始からわずか 4 年の間に 3 回に渡って合計 1 億ドル以上の投資を獲得。2014 年にモバイル版の「微医」をリリースした後、2015 年 1 月末には医薬品 ECでシェア 70%を握る「金象網」を買収し、オンライン医療サービスと医薬品 ECの連携に成功した。

医薬品 EC 最大手の「金象網」http://www.jxdyf.com/

● 百度医生 http://yi.baidu.com/

検索大手の百度(Baidu)が 2015 年 1 月に医療事業部を立ち上げ、北京301医院などと提携して始めたモバイル医療サービス。現時点では外来予約と自己診断機能の 2 つに特化しており、確実に予約が取れるよう一度に 3 人の医師に予約依頼を出すことができる。診察後には医師の態度や治療効果などの評価を書きこむことも可能だ。

医師の登録にあたっては百度が身分証や医師資格、所属病院の推薦書類などを確認しており安心だ。外来予約を含め無料で利用できるが、診察時には別途病院で予約手数料などを支払う必要がある。百度の健康情報チャンネルや百度地図からのアクセス流入に期待しており、現在は診察後 3 日以内に評価を書きこむと現金 10 元が百度銭包にキャッシュバックされるキャンペーンを展開している。

● 丁香園 http://www.dxy.cn/

杭州聯科美訊生物医薬技術有限公司が 2000 年 7 月に開設した医療関係者専用情報サイトで、現在は姉妹サービスとして人材・求人紹介の「丁香人材」、医療機器販売情報の「丁香通」、医者限定 SNS の「丁香客」、薬品情報の「用薬助手」、医療情報の「丁香医生」など 10 以上のアプリがある。医療機関や製薬会社をバックに持たない、完全な独立・非営利・純学術的なサービスとして中立の立場をアピールしており、都市部の大病院に勤務する医療関係者を中心に会員数は 350 万人を超える。2014 年 9 月には C ラウンドで 7000 万ドルの投資を獲得し、騰訊(テンセント)との提携を発表した。

医療関係者向けのサービスはほとんどが無料で利用できるが、企業向けの医療データプラットフォームや人材紹介サービスなどは有料で、これが主な収入源となっている。例えば医薬品情報サービスの「薬物観察データベース」は広告費を含めて年間 3000 万元ほどの売上があるとみられる。

また一般ユーザー用の「丁香医生」は無料で利用でき、病名から調べる医療辞典のほか、ヘルスケア情報や市販薬の詳細情報を手に入れることができる。「丁香医生」では虚偽の医薬品広告に関する情報を収集、公開しており、サイト上でユーザーからの通報も募っている。

● 九安医療 http://www.jiuan.com/

家庭用医療機器を製造する天津九安医療電子有限公司が提供するサービスで、「ハードウェア(血圧計・血糖値測定器等)+専用アプリ+クラウド」のビジネスモデルを確立した。同社の医療機器を購入したユーザーが専用アプリ「iHealth」を通じて測定データを記録することで、ユーザーは治療や健康管理に関するアドバイスが受けられ、同時に同社はユーザーの測定データを保険会社や製薬会社などに提供することで報酬を得ている。

血圧計、血糖値計、心拍数計、運動量計等の種類がある

2010 年末には米シリコンバレーに完全子会社を設立し、中国のみならず米国やブラジル、ロシア、インド、欧州など 50 を超える国で「iHealth」と連携できる家庭用医療機器の販売とアプリ会員の獲得に力を入れている。さらに 2014 年 9 月には、スマートフォン製造大手の小米が 2500 万元を投じて九安医療との合弁会社を設立。小米ユーザーのヘルスケアプラットフォームとして「iHealth」の利用が広がっている。

● 杏樹林 http://www.xingshulin.com/

北京に拠点を置く杏樹林信息技術有限公司が 2011 年に始めた医療関係者向けのサービスで、カルテ・患者管理ツールの「病歴挟」、医学雑誌・文献の電子書籍ツールの「医学文献」、医薬品辞典や検査手順などの常用資料が集約された「医口袋」の 3 つがある。モバイル向けのアプリ版と PC 版がそれぞれあるがサービス自体は無料で利用でき、主な収益源は医薬関連企業へのデータ提供と一部有料で提供している医学雑誌や文献の購読料となっている。

左から「病歴挟」、「医学文献」、「医口袋」のモバイルアプリ画面

ユーザーは医学生や医療関係者 20 万人以上といわれ、医療関係者向けのモバイル医療サービスとしては丁香園に次ぐ規模となっている。2014 年末には B ラウンドで 1000万ドルの融資を受けており、2015 年中にさらに融資を受ける可能性が伝えられる。

● 医脈通 http://www.medlive.cn/

北京医脈互通科技有限公司が運営する医療情報のポータルサイトで、診療科別の情報ページのほか、全国で開催される学会の案内、病例検索、文献検索、E ラーニング、掲示板、医薬品辞典、検査の手引きなどのコンテンツがある。このうち文献検索ができる「全医薬学大辞典」、処方の参考となる「用薬参考」、SNS の機能も備えた「医脈通」などがモバイルアプリとしてリリースされている。一部の文献のダウンロードは有料(20-50 元)だ。

PC 版ポータルサイトと処方薬を網羅したアプリ「用薬参考」の画面

同社は医学部や薬学部の卒業生をコンテンツの編集担当者やコンサルタントとして採用しており、主に製薬会社に対して市場コンサルティングやデータ分析、企業戦略などのサービスを提供することで収益を得ている。

● 好大夫在線 http://www.haodf.com/

2006 年に設立された互動峰科技(北京)有限公司が提供する評判の良い病院・医師を見つけるための情報交流サービス。同社の王航 CEO は医科大学を卒業後、ヤフー中国を経てセキュリティーソフト大手の奇虎 360 を創業した経歴を持つ。

2015 年 6 月時点で全国 3380 の病院に勤める医師 35 万人以上が掲載されており、病名や地域、病院名から医師を検索することができる。

有料の電話相談は 1 回 20 分 600 元、10 分 200 元とかなり高額

外来予約はもちろん、登録する 8万人以上の医師と電話やオンラインで相談をしたり、病院や医師に対する評価を見たり、診察の感想を書きこむこともできる。アプリでは外来予約や無料相談などの基本機能が利用できるほか、服薬状況や病状を記録する機能が充実している。さらに VIP ユーザーを対象とした有料の健康管理サービス、海外の病院の紹介、急病対応、セカンドオピニオン、著名医師の診察予約手配なども行っている。

中国の主要モバイル医療サービスにおいて、好大夫在線は 1 回の平均利用時間が 3.03分と最も長く、春雨医生の 2.91 分、掛号網の 2.64 分を上回っている(2015.3、北京比達信息咨詢有限公司調べ)。

サービス開始から 2 年後の 2008 年に A ラウンドで 300 万ドル、2011 年の B ラウンドで数千万ドルの投資を受けており、間もなく C ラウンドとして 6000 万ドルを調達する計画が報じられている。

3. モバイル医療サービスをとりまく法整備

かつて中国の医師は、勤務する医療機関以外で働くことが原則的に認められていなかった。2009 年に当時の国家衛生部(現在の国家衛生計画生育委員会)が、一部の地域で医師の多拠点勤務を試験的に導入したのをきっかけに、徐々に規制が緩和。医師の流動性を促進することで、医療の質と安全性の確保ができるとされ、2014 年 9 月には同委員会が「医療機構の遠隔医療サービスの促進に関する意見」を発表した。

これによって遠隔医療サービスの定義が明確になり、具体的には遠隔病理診断、遠隔医学画像診断、遠隔看護、複数医師による遠隔診断、遠隔外来、遠隔病例討論がサービスに含まれると定められた。なお勤務する病院以外の患者に遠隔医療サービスを提供する場合には、事前に勤務先の同意を得る必要があるとし、医療機関以外が遠隔医療サービスを提供することを明確に禁止している。

同意見の発表でモバイル医療サービスをはじめとする遠隔医療サービスは急激な発展を始めたが、一方で医師が責任をもって職責を果たすか否かをどのように保証するのか、適切な管理機構の設置を求める声も出ている。現在はネットショップの購入者による評価と同様に、ユーザーが医師の対応を評価し、他のユーザーがそれを参考にするという形が主流だ。

しかし医師の中には、似た内容の質問には全く同じ答えをコピーして済ませていたり、「私の病院に一度来てください」、「私の書いた他の回答を参考にしてください」とだけ回答したりする例も散見され、運営側がこのような医師の対応を放置していてはサービスの信頼性を揺るがしかねないとの懸念も出ている。モバイル医療サービスの知名度が高まった今、いかにして医師に親身で責任ある対応をとらせ、サービス全体の質を保証していくのか、サービス運営側の手腕が試されている。

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この記事を書いた人

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