2021年改正「安全生産法」の詳細と日系企業に求められる対応

全国人民代表大会常務委員会は2021 年 6 月 10 日、改正「安全生産法」(以下「改正法」)を発表しました。2021 年 9 月 1 日より施行されています。

本稿では重要な改正点を整理し、日系企業に求められる対策について解説します。

1.安全生産法の概要

安全生産法は2002年から施行されており、今回が3度目の改正となります。工場での製品の製造はもちろん、様々な企業や産業における災害の予防と減少、従業員の安全や健康の確保、さらには国民の生命や財産を守るための基本法と位置付けられるものです。

対象は、中国領域内で生産経営活動に従事する事業者となっており、企業や組織もその対象となる点に変更はありません。外資系企業も対象に含まれます。

旧法を踏まえて、 改正法では 安全な生産の保障、従業員の安全な生産に関わる権利と義務、安全な生産に関わる監督管理、事故発生時の緊急対応と調査処理、法的責任について定めています。罰金を含む罰則も定められており、今回の改正で罰金額の大幅な引き上げが行われました。

2.日系企業にも影響の可能性がある主な改正点

目次

安全管理における責任者の拡大と全員参加の原則

旧法では、事業者の主要な責任者が安全生産活動に対して全面的に責任を負うとされていましたが、改正法では、主要な責任者を第一責任者とし、その他の責任者も職責の範囲内で安全生産活動に対する責任を負う(5条)ことになりました。また3条では、安全生産活動について実際に業務を担当する従業員や経営者らが主体者となって取り組むよう言及されています。

多くの事業者では、安全管理部門が社内の安全管理やこれに関連する取り組みを実施しているのではないでしょうか。改正法では、生産経営活動における安全管理を特定の担当部署だけに任せるのではなく、各部門・各部署・各係の責任者、従業員もそれぞれ安全管理に責任を持つよう安全管理体制の強化を求めています。

二重予防体制の整備

国務院安全生産委員会弁公室が2016年に提唱した「二重予防体制」が、今回の改正に盛り込まれました。

21条で新たに「リスク程度に応じた対策の実施とリスクアセスメントからなる二重予防体制を整備、実行しなければならない」と定めています。なお41条でも「リスク程度に応じた管理体制を構築し、リスク程度に応じた対策を実施しなければならない」と同様の内容を定めています。

二重予防体制については、各省や直轄市がかねてより関連規定を発表していますので、所在地政府の応急管理局の通達を確認するとよいでしょう。例えば上海市では「上海市企業安全リスク分級管理制御実施指南」が発表されています。

安全生産に関わる設備の安全確保

改正法では新たに、生産経営企業に対して「生産安全に直接関係する制御、通報、保護、救助の関連設備を許可なく停止・破壊してはならない。また関連する情報・データを許可なく改ざん、隠ぺいしてはならない。飲食業などでガスを使用する場合は、ガス警報装置を設置しなければならない」(36条)と定めています。

生産安全に直接関係する関連設備とは、工場・店舗・オフィス内や生産設備に設置されている各種の報知機やセンサー、火災報知器、ガス漏れ警報器などが該当すると思われます。

本規定は2020年に改訂された刑法修正案134条を元に追加されたものです。134条では、該当する設備を無断で停止した場合、1年以下の懲役等を科すとされています。

また今回の改正で初めて、飲食店などに対しガス警報装置の設置が義務付けられました。

安全管理スタッフの配置が必要な作業の拡大

旧法では爆破、つり上げ・組立、その他の危険作業を実施する際には専門人員が現場の安全管理を行うことを義務付けていましたが、改正法では、爆破、つり上げ・組立、その他の危険作業に加えて、火気や臨時で電力を使用する作業も対象にしています。

メンタルヘルス対策の義務化

改正法44条では、初めてメンタルヘルス対策が加えられました。企業に対し、従業員の身体的・心理的な状態や行動・習慣に注意を払い、従業員に対する心理的指導等を強化することによって、従業員の異常な行動に端を発する事故を防ぐよう求めています。

安全生産責任保険の加入義務化

旧法では安全生産責任保険の加入を奨励するにとどまっていましたが、改正法では51条で高リスク業種・分野の事業者に対し、安全生産責任保険の加入を義務化しています。あわせて109条では、未加入の場合には罰金を科し、保険加入完了までの生産停止等を定めています。

具体的な高リスク業種・分野の範囲や実施方法については、国務院応急管理部門が主管部門らと共同で定めるとしており、詳細の発表が待たれます。なお、すでに2018年に施行されている「安全生産責任保険実施弁法」では、高リスク業種・分野の範囲として、炭鉱、石炭以外の鉱山、危険化学品、花火・爆竹、交通運輸、建築工事、民用爆発物、金属製錬、漁業などを定めており、改正法においてもおおむね同様の範囲になることが想定されます。

3. 違反に対する厳罰化

今回の改正にあたり、90条から116条にかけて罰則が大幅に見直されています。事故の発生により、企業の責任者や担当者らに刑事責任が追及される可能性もあり、注意が必要です。

違法行為の処分対象の拡大

旧法では、事業者の違法行為をデータベースに記録し、重大な違反行為があれば、その事実を社会に公表するとしていました。しかし改正法78条では、事業者やその従業員の違法行為をデータベースに記録し、事業者のみならず従業員が重大な違反行為を行った場合にもその事実を社会に公表するとしています。さらに違反した事業者や従業員について法に基づく検査回数の割り増し、プロジェクトの承認停止、保険料率の引き上げ、特定業種や職業への就業禁止等の罰則を設けるなど、処罰を大幅に厳格化しています。

免許・許可証の取り消しとなる条件の拡大

旧法では違法行為を行い、改善を指導してもなお安全生産基準を満たさない事業者に対して、事業所の閉鎖と免許・認可証の取り消しを定めていました。改正法では、免許・許可証の取り消しとなる条件を次の4項目に拡大しています。(113条)

①180日以内に3回、1年に4回の行政処分を受けた場合
②生産・事業停止の命令を受けた後も安全生産基準を満たさない場合
③安全生産基準を満たさないことにより重大または特に重大な生産安全事故が発生した場合
④安全生産の監督・管理部門による生産・業務停止命令を拒否する場合

罰金の追加・金額の引き上げ

罰金の見直しは多くの条文で行われています。例えば、主要な責任者による安全生産管理の職責不履行について、旧法では期限内の是正を命じるにとどまっていましたが、改正法では2万元以上5万元以下の罰金が追加されました。また95条で定められている罰金の割り増し率が引き上げられています。例えば一般的な事故が発生した場合、主要な責任者に対する罰金額は、旧法では年収の30%でしたが改正法では40%に引き上げられています。

また安全生産管理人員を配備しない、安全生産教育を規定通りに実施しない、事故時の緊急救援計画を策定しない等の7項目の情状がある場合、旧規定では5万元の罰金でしたが、改正法97条では10万元以下の罰金と金額を引き上げています。

特に事故が発生した場合の罰金については、金額が大幅に引き上げられており注意が必要です。旧法では、損害賠償に加えて一般的な事故では20万元以上50万元以下、特別重大事故で情状が特に深刻な場合には1,000万元以上2,000万元以下の罰金と、事故の深刻さに応じて20万元~2,000万元の範囲で定められていました。

今回の改正法では、損害賠償に加えて、一般的な事故では30万元万元以上100万元以下、比較的大きな事故では100万元以上200万元以下、重大な事故では200万元以上1,000万元以下、特別重大な事故では1,000万元以上2,000万元以下、さらに情状が特に深刻で特に大きな影響を与えた場合には、前項の罰金額の2倍以上5倍以下に引き上げることができるとされています。(114条)

なお、事故の大きさに関する基準について改正法の中では触れられていませんが、2007年に施行された「生産安全事故報告・調査処理条例」の3条で次のように定義されています。ただし、すでに施行から10年以上が経っているため、近い将来に経済的損失額が見直される可能性は高いと思われます。

  • 特に重大な事故:死亡者数30人以上、重傷者数100人以上(急性産業中毒を含む、以下同じ)、または直接の経済的損失が1億元以上の事故
  • 重大事故:死亡者数10人以上30人以下、重傷者数50人以上100人以下、または直接の経済的損失が5,000万元以上1億元以下の事故
  • 比較的大きな事故:死亡者数3人以上10人未満、重傷者数10人以上50人未満、または直接の経済的損失が1,000万人民元以上5,000万人民元未満の事故
  • 一般的な事故:死亡者数3人以下、重傷者数10人以下、または直接の経済的損失が1,000万人民元以下の事故

4.  日系事業者に求められる対策とは

中国では、工場の爆発事故や炭鉱の崩落事故が頻繁に発生しています。2015年に天津市で発生した化学物質保管倉庫での大規模な爆発事故は日本でも大きく報じられました。事故により天津港の輸出入業務が一時停止したため、多くの日本企業が直接的あるいは間接的な影響を受けたことは、記憶に新しいでしょう。爆発事故に限って言えば、街中の小さな飲食店でも度々発生しており、特別珍しいことではないというのが現状です。

安全生産法は2002年の施行当初から企業の安全管理について厳しい規定を設けていましたが、今回の改正では、事業者の管理責任の強化、当局の監督管理責任の強化、処罰の厳格化の3つの方面から、さらなる安全管理の徹底を求めています。近年は、国民の命や財産を守り、国内の治安を維持することを目的の一つとした新法制定や法改正が主流となっており、安全生産法の改正もこの流れに沿ったものと考えられます。

事業者が行うべき対応としては、まず安全リスク分級管理体系の構築とリスク等級に応じた対応を取り決める「二重予防体制」の構築が欠かせません。また従業員全員で安全生産責任を果たすことが義務付けられたことから、従業員に対する今一度の安全生産教育を実施すると共に、改正法や所在地の応急管理局の通達等に基づいて社内の安全生産規則を整備し直し、操作手順や緊急時の対応マニュアル等を策定する必要があるでしょう。オフィス内や工場内にある警報装置類の洗い出し、非常口や避難通路の確認と合わせて、各装置の稼働状況や避難経路の状況を定期的に確認するルール作りも大切です。

また、危険度の高い業種に該当する企業には、安全生産責任保険への加入が義務化されました。未加入の事業者には罰則が設けられていますので、速やかに対応しなければなりません。同様に飲食店などのガスを使う事業者には、ガス漏れ警報器の取り付けと正常に使用できる状態の維持が求められています。

さらに、従業員のメンタルヘルス対策もリスクマネジメントの一つとして対応しなければなりません。改正法では具体的な対策内容には触れていませんので、日本で多くの企業が導入しているメンタルヘルス対策を参考に、ストレスチェックの実施、相談窓口の設置、従業員への教育や情報提供などを検討するとよいでしょう。

今回の改正により、罰則が大幅に強化されています。罰金は法人に対してだけでなく、責任者個人にも科される可能性があり、社名だけでなく責任者の氏名までも公表されることに留意が必要です。管轄当局の発表に注意すると共に、地元当局や同業他社から情報収集を行い、積極的に対応することが望ましいでしょう。

「安全生産法」中国語原文
http://www.mem.gov.cn/fw/flfgbz/fl/202107/t20210716_392186.shtml

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この記事を書いた人

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