1. 拡大する顔認証市場
中国では一般消費者にも身近なところで顔認証が使われ始めている。「顔認証」とは、いわゆる生態認証ソリューション技術の一つで、画像の中から顔部分を検出し、照合する認証方法だ。指紋や静脈、虹彩などを使った生態認証のように特殊な読み取りセンサーを用意する必要がないことから、セキュリティの以外の目的にも利用が広がっている。
前瞻産業研究院のまとめによれば、中国の顔認証市場の年平均成長率(CAGR)は、2010 年から2016 年が 27%で、2016 年の市場規模は前年同期比 27.97%増の 17.25 億元に上る。中国では今後も年平均 25%程度の成長が続き、5 年後の2022 年には中国だけで約 67 億元、世界では 300億元を越える市場になると期待されている。
中国の顔認証技術の発展をけん引するのは、商湯科技、科大訊飛、曠視科技、雲従科技といった企業だ。なかでも曠視科技は、阿里巴巴集団(アリババグループ)傘下の金融サービス会社、螞蟻金融服務集団(ANT FINANCIAL)に顔認証技術を提供している。また雲従科技は中国科学院重慶研究院から誕生したハイテク企業で、中国銀行が採用した顔認証システムで知られている。
顔認証はこれまで、オフィスや工場の入退出管理システムのようにセキュリティ強化を目的に導入されることが一般的だった。しかし今では、鉄道駅や空港、ホテル、ネットショッピング等さまざまな分野で応用され、従来のパスワードに代わるものとして利用が広がりつつある。
2. こんなところで顔認証
中国ではホテルのチェックインにも顔認証が利用され始めている。そのきっかけは 2016 年 9 月に浙江省杭州市で開催された G20サミットだ。公安部が治安維持を目的に、全国のホテルに対して宿泊者の身分証確認を徹底するよう指示したことから、チェックイン時に提示された身分証が本物かどうか、身分証と本人が確実に一致しているのかを担保する手段として導入が広がった。
顔認証用端末の形は様々で、まるで ATM のような大きなものもあれば、フロントのカウンター上に設置するだけのカメラ付きディスプレイといったものもある。いずれも身分証を読み取りエリアに置けば、数秒で本人との照合が行われる。ATM のような大型端末では、そのままチェックインの手続きやキーカードの受取りができ、チェックアウト時にはキーの返却や QR コードを使った宿泊料金の支払い、領収証の発行までできるものもある。
顔認証端末は当初、セキュリティの目的で導入されたわけだが、フロント業務の効率化やコスト削減の観点から、特にビジネスホテルやチェーン展開する格安ホテルでの導入が進んでいる。一方、高級ホテルやリゾートホテルでは、スタッフによる対面でのおもてなしを重視していることから、なかなか導入が進まないのが現状だという。
また鉄道駅では、自動改札の形で運用が始まっている。湖北省武漢市の武漢駅では、2017 年8 月までに駅員のいる改札 10 カ所に加え、32台の顔認証機能付き自動改札機を設置した。改札を通るには切符と身分証が必要で、撮影と照合を行い 5 秒ほどで改札を通ることができる。
同様に雲南省昆明市の昆明駅と昆明南駅でも、顔認証付きの自動改札が 9 月末時点で 8台設置されている。磁気切符と身分証を一緒に改札機に入れると、顔写真を撮影し、照合を行うもので、3~5 秒で改札を通ることができる。背の低い子供や高齢者などは、従来通り駅員のいる改札を通ることになる。なお顔認証付き自動改札機は公安システムに接続されており、容疑者の逮捕にも活用されている。
さらに一部の銀行 ATM では、顔認証による現金引き出しも始まっている。四大銀行で最初に顔認証 ATM を導入した中国農業銀行の場合、ATM の画面で「顔認証による引き出し」を選択した後、カメラに向かって顔写真を撮影し、携帯電話番号あるいは身分証番号を入力した上で、さらに従来通り暗証番号を入力すれば現金を引き出すことができる。キャッシュカードは不要だが、1 日の引き出し限度額は 3,000 元だ。全国で稼働する中国農業銀行の ATM は 10 万台を越えるが、今後順次顔認証対応機に入れ替える計画があるとしている。
ほかには飲食業界でも顔認証を導入する動きが出ている。中国でケンタッキーフライドチキン(KFC)を展開する百勝集団は今年 9 月 1 日、世界初となる顔認証支払いに対応した店舗「KPRO」を杭州市にオープンした。店舗には、支付宝(Alipay)の顔認証支払いサービス「Smile to Pay」に対応した注文端末が設置されており、セルフサービスで注文後、顔写真を撮影し、携帯電話番号を入力すれば支払いが完了する。中国ではモバイル決済が急速に広がり、都市部であれば「スマホだけで生活できる」と言われたりもするが、KPRO ではついにそのスマホすら必要なくなったと大きな話題になった。
3. 課題も残る顔認証
商業分野での顔認証の利用は今後さらに広まる見通しだが、現時点では携帯電話番号や身分証番号で本人確認を補助しているにすぎず、万が一の情報漏えいが懸念されている。また中国社会科学院の研究者は、技術的にはまだ成熟しておらず、変更できない顔だからこそ、何らかの新しい手段で顔の特徴を盗み取って悪用されればお手上げだ、と安易な利用に懸念を示している。とはいえ、あらゆる場面で実名制や本人確認を徹底していきたい政府にとって、顔認証の普及は願ってもないことであるのは間違いない。法整備が追い付いていない面はあれど、QR コードによるモバイル決済のように、あっという間に利用が広がることは想像に難くない。