北京のオンライン診療サービス事情

目次

1. 日本よりずっと先を行く中国のオンライン医療サービス

日本では 2014 年に第 1 類医薬品と第 2 類医薬品のオンライン販売が解禁され、現在は薬局やドラッグストアで手に入る市販薬(一般医薬品)のほぼ全てがインターネットを通じて購入できるようになった。また、自宅からスマートフォンやパソコンを使って遠隔で医師の診察を受ける「オンライン診療(遠隔診療)」は、2018 年 4 月から保険診療適用となって正式にスタートした。その後、新型コロナウイルスの流行を機に 2020 年 4月からは一部疾患に限られるものの、初診のオンライン診療も可能となった。しかし、実際にオンライン診療を利用したことがある人は多くないのではないだろうか。

MMD 研究所が 2020 年 11 月に発表した調査結果によると、日本ではオンライン診療の受診経験者は約 6%しかない(20~69 歳の男女 1 万 2517 人が回答)。オンライン診療の認知度も全体で 33.4%にとどまっており、日本医師会も医師や患者のなりすまし等の懸念から、オンライン診療の拡大には慎重な姿勢だとされる。

翻って中国では、EC サイトでの市販薬の販売はもちろんのこと、オンライン診療に至っては、へき地医療での実用化を経て、2018 年に国家政策の一環として本格的にスタートした。現在では様々なオンライン診療サービスが広く提供されている。

例えば北京市に住む人が体調を崩したり、ケガをしたりした場合、実際に薬局や病院へ行かなくても、①EC やデリバリーアプリで市販薬を買う、②医療アプリのオンライン診療を受ける、③病院のオンライン診療を受けるという 3 つの選択肢がある。

2. デリバリーアプリで市販薬を買う

淘宝(Taobao)や京東(JD)をはじめとする EC サイトで市販薬が購入できるのは言うまでもないが、現在は様々なデリバリーサービスのアプリからも市販薬が購入できる。

購入方法は、飲食物のデリバリーを注文するのとほぼ同じだ。例えばフードデリバリーサービス大手の美団(Meituan)であれば、まず美団のアプリにある医薬品購入のページで、自分のいる場所から配達圏内にあるリアル店舗の薬局か、あるいは市販薬を扱うネットショップをひとつ選ぶ。この「市販薬を扱うネットショップ」には、薬局が運営するネットショップのほか、オンラインで市販薬を直販する製薬会社、医療機器販売店、美団が提携・運営する医薬品のネットショップ、配達圏外にある薬局等が含まれる。

次に先ほど選んだ店が扱う市販薬の中から、購入する商品を選んで受け取り希望時間を指定する。さらに配達先の住所や電話番号などを入力して、最後にオンライン決済を行えば、注文は完了だ。最寄りにあるリアル店舗の薬局を選べば、デリバリースタッフが 30 分ほどで配達してくれる。逆に市販薬を扱うネットショップを選んだ場合は、申通や圓通のような宅配業者が配達するので、届くのは注文の翌日以降になる。

飲食物のデリバリーと同様に、市販薬でも最低購入金額や配達手数料が設定されている。金額は店によって異なるが、美団の北京エリアに登録されている市販薬を扱うネットショップをみると、最低購入金額は設定なし~20 元(約 320 円)の範囲、配達手数料も無料~20 元の範囲で設定しているところが多い。デリバリーサービスなので、飲食物にクーポンがあるように薬にもクーポンがある。美団が発行するクーポンのほかに、各販売店が発行する独自のクーポンもあり、上手く使えば薬を安く購入することができる。

2020 年第 3 四半期(7-9 月)時点で、美団の医薬品販売プラットフォームには 10 万件近くの薬局や医薬品のネットショップが登録されている。なかには 24 時間営業している店もあり、配達にかかる平均時間はわずか 23 分ということもあってか、下剤、胃腸薬、下痢止め、避妊用ピル、妊娠検査薬などの売上が上位にきている。

なお、美団などのデリバリーサービスですぐに届けてもらえるのは市販薬に限られる。処方箋が必要な医薬品を購入する場合は、次の章で紹介するように電子処方箋を発行してもらった上でオンライン対応の調剤薬局で購入し、後日配送受け取りとなる。

3. 医療アプリのオンライン診療を受ける

市販薬では心もとない場合、医療アプリのオンライン診療を利用すれば、実際に病院を受診するときと同じように医師の診察を受けて、処方薬をもらうことができる。

例えば、中国四大保険会社の一つである中国平安保険グループが運営する医療アプリ「平安好医生」の場合、オンライン診療を受ければ初診であっても薬を処方してもらうことができる。過去に処方されたことのある薬ならば、画面上で問診に答えるだけで再度処方してもらうことが可能だ。

「平安好医生」には、クイックオンライン問診、二回目以降の処方薬購入、名医によるオンライン問診といったメニューがある。医師の診察を受けたい場合は、クイックオンライン問診か名医によるオンライン問診を選択する。

クイックオンライン問診では、受診したい科を選んで医師とチャットで対話を行う。患者側は写真を投稿することも可能だ。このチャットでのオンライン診療は無料で、事前予約も必要ないが、医師を選ぶことはできない。これに対して名医によるオンライン問診では、予約と指名料が必要になるが、専門医の診察が受けられる。追加料金を支払えば、チャットではなく音声通話やビデオ通話による診察も可能だ。医療アプリにもよるが、指名料は 1 回 50 元(約 800 円)、音声通話による診療は 20 分で 200 元(約 3,200円)、ビデオ通話による診療ならば 20 分 300 元(約 4,800 円)というのがオーソドックスな料金設定だ。指名料については、病院へ行って医師を指名する場合と同じぐらいか少し割高といったところだろうか。

医師によるオンラインでの診察が終わったら、従来の処方箋に代わって電子処方箋が発行される。オンライン決済で薬の代金を支払えば、平安好医生の調剤薬局「平安オンライン病院薬局」から数日中に処方薬が宅配便で届けられるという流れになっている。

一方、過去に処方されたことがある薬が欲しい場合、二回目以降の処方薬購入のメニューを選択し、簡単なオンライン問診で副作用やアレルギー反応の有無などに答えると、電子処方箋が発行される。こちらも同じく問診は無料で、薬の代金をオンライン決済すれば、宅配便で後日処方薬が届けられる。この過去の処方歴については、平安好医生で処方されたものに限らず、かかりつけの病院や他の医療アプリのオンライン診療で処方されたものでもかまわない。

平安好医生は自社で調剤薬局を持っているため、すぐに処方薬を発送してくれる。しかし同じように初診を受け付けている EC 大手の京東(JD)が運営する医療アプリ「京東健康」の場合は、提携する調剤薬局のネットショップを通じて処方薬を発送しているため、ショップの在庫によっては薬が届くまで 2~4 日かかることもあるという。

なお医療アプリのなかには、診察を受け付けておらず、二回目以降の処方薬購入しかできないものもある。前の章で紹介した美団のデリバリーアプリを通じた医薬品購入サービスや、EC 大手の拼多多(ピンドゥオドゥオ)が運営する「医薬館」、アリババ系 EC の天猫(Tmall)などがこれに該当するが、いずれも提携する調剤薬局などから宅配便で処方薬を発送しているため、薬が届くまでに 2~7 日ほどかかるという。

4. 病院のオンライン診療を受ける

北京市では、2020 年 2 月に国家衛生健康委員会が発表した「疫病の予防管理におけるオンライン診療相談サービスの円滑化について」などの通知がきっかけとなり、オンライン診療を導入する病院が増えている。

中国で歴史が長く、医療レベルもトップクラスと称される北京市の協和病院では、2020 年 2 月 10 日からオンライン診療を開始している。最初はオンラインでの診察だけだったが、9 月からは処方薬の販売と配達が始まって便利になった。ただし誰でも受診できるわけではなく、北京市のオンライン診療ルールに従って、①過去半年以内に協和病院での受診歴がある、②慢性疾患で二回目以降の受診である、③患者は 6 歳以上である、という条件を満たす場合にのみ利用できる。

協和病院のオンライン診療を受けるには、まず協和病院のアプリをスマートフォンなどにインストールし、アプリで身分証の写真を撮影して、本人確認を行う必要がある。オンライン診療は無料で、その時にオンライン対応可能な医師や看護師の中から選ぶことができる。別途指名料を払って医師を指定することも可能だ。オンライン診療や処方薬の受け取りまでの流れは、平安好医生のような医療アプリと同じで、処方薬の配送は協和病院と提携する宅配業者が行っている。

協和病院は、普段から外来患者の 6 割ほどが北京市外から通院している患者であったことから、2020 年 10 月 30 日までの約 9 カ月間のオンライン診療件数は 13 万 770 件に上ったという。なかでも臨床栄養科、内分泌科、皮膚科の受診が多く、9 月 24 日から始まった医薬品の販売・配送では 10 月 30 日までの約 1 カ月間に配送された 317 件のおよそ半分が皮膚科の医薬品だった。また配送先の 9 割が北京市以外の地域で、最も多かったのは北京市に隣接する河北省で 33 件となっている。

このほか北京市では、北京宣武医院、友誼医院、朝陽医院、安貞医院、北京中医医院、北京児童医院、首都児科研究所、天壇医院、世紀壇医院という市が管理する 8 つの病院でオンライン診療とオンラインでの処方薬販売・配送サービスが導入されている。

5. オンライン医療サービスの普及をコロナが後押し

中国では、新型コロナウイルスの感染拡大以前からオンライン診療やオンラインでの処方薬販売がスタートしていたが、感染拡大を機に新たにオンライン診療をスタートする医療アプリや病院が増え、一般市民の利用は一気に拡大した。

京東健康はコロナ対応で忙しい病院の負担を軽減するために、2020 年 2 月から無料の 24 時間オンライン診療サービスをスタートした。毎日平均 10 万件ほどの診療対応を行っているという。また協和病院も外来診療の負担軽減に加えて、コロナ禍の外出制限により通院できなくなった北京市外の患者のことを思って無料のオンライン診療サービスを始めたという。

もっとも、医療アプリのオンライン診療と病院直営のオンライン診療は一見バッティングするようにも感じるが、現時点ではうまく住み分けができているようだ。医療アプリは、処方薬が欲しいけれど病院で長時間待つのは避けたいだとか、病院に行く時間がない、感染予防のためにできれば病院に行きたくない、あるいは病院や医師に特にこだわりがないというような人が主に利用している。病院へ行くべきか迷う時に、無料のオンライン問診で医師の判断を仰ぐという使い方をしている人もいると聞く。

一方の病院直営のオンライン診療は、その病院に通院している慢性病患者が対象で、初診は受け付けていない。定期的な通院が必要だがコロナ禍で外出は控えたいという人やいつも飲んでいる処方薬をもらうだけという人、遠方に住んでいて頻繁な通院は負担に感じるというような人が主な利用者となっているので、患者の取り合いといったことにはならないわけだ。

北京市ではオンライン診療を導入する病院が増えているが、現時点ではオンライン診療にかかる費用や電子処方箋により購入した処方薬はほぼ保険適用外となっている。オンライン診療は、引き続き中国全土で普及していくことが予想されるが、サービス利用に対する保険の適応ルールをどう取り扱うかが注目される。

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この記事を書いた人

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