はじめに
2023年3月5日から第十四回全人代(全国人民代表大会)が開催されました。前回の第十三回全人代は新型コロナの感染が広がる中、2ヶ月半の延期の上、期間は短縮され開催されました。今年は慣例通り3月開催され、新首相に次期首相を李強政治局常務委員とすることが決まりました。
ゼロコロナと各地のロックダウンが徹底された結果、2022年の経済面での数値は非常に厳しいものが出てきています。例年政府経済報告では強気の数値が発表されていますが、22年に限っては中国経済が成長している数値はほとんど見られませんでした。
実体経済においてもロックダウンの疲弊は激しく、23年の経済成長目標も22年からのV字回復を想定しているとは思えず、回復に数年程度必要であると数値目標からも読み取れます。また、特筆すべきこととして、台湾を問題として明言しています。
10年以内に米国を追い抜き、世界第1位の経済大国としてのし上がろうとしている中国。自身が徹底してきたゼロコロナ政策、そして突然のフルコロナ政策への転換。なし崩し的に経済立て直しを行っていますが、ゼロコロナ・ロックダウンの総括をすることなくその中で出されてきた「政府活動報告」。その内容を俯瞰的に捉えることは、中国ビジネスの成功を勝ち取る上で事業戦略以上に重要であり、中国がこれから進もうとする方向を知るには欠かせない情報の一つであると考えます。
本レポートの目的
本レポートは、中国事業に関わる事業者様及びこれから中国事業をご検討されている事業者様に向けて、第14期全国人民代表大会(全人代)会議にて発表された「政府活動報告書」の概要をご理解いただくことを目的としています。
本レポートで説明していること
第14期全国人民代表大会(全人代)会議にて発表された「政府活動報告書」の内容をトピック別に、特に日系企業様に影響があると思われる項目を抜粋して要点のみを説明しております。また「政府活動報告書」の内容を踏まえて、弊社の見解を含めた中国の動向予測を記載しております。
政府活動報告の概要
単年実績(2022年)
実績 | GDP成長率3%UP | 経済数値:2022年の実質GDP成長率3% 就業数:都市部新規就業者数1206万人前後、都市部失業率は5.5%となる 消費:消費者物価指数(CPI)は前年比 2%上昇 国際貿易:商品の輸出入総額は7.7% 増加財政:財政赤字率は2.8%に抑えられ、中央財政の収支は予算通り、支出はやや黒字 外国為替:国際収支はバランスが取れており、人民元の為替レートは世界の主要通貨の中で比較的安定 糧食:糧食生産高は8億2200万トン、44万トン増加 環境:生態環境の質は持続的に改善 | ||
課題 | コロナウイルスの感染爆発 | 新型コロナウィルスの感染爆発により、産業、企業、自営業への影響は深刻であった。 国内の消費・投資・輸出が大きく減少したことによる、企業の倒産、金融リスク、失業問題が出てきている。 世界のインフレ率は40年ぶりの高水準に達し、中国国内の物価はより不安定になりつつある。 |
5年実績(2018-2022年)
実績 | GDP成長率5.2%UP | 経済数値:GDPは 121 兆元まで増加し、過去 5年間の年間平均成長率は 5.2% 就業数:都市部新規就業者数は平均1270万人/年 消費:消費者物価指CPI は年間平均 2.1%上昇 国際貿易:商品の輸出入の総量は年平均8.6%増加し、40兆元を超えた。長年にわたって世界第1位に 財政:財政収入は20.4兆元に増加、5年間の赤字率を3%以内 貧困改善:約1億人近くの農村における貧困からの脱却、全国に存在していた832の貧困県がすべて解消された。課題であった絶対的貧困の問題を解決。 都市化:都市化率が60.2%から65.2%に上昇 環境:GDPの単位あたりのエネルギー消費量は8.1%減少、二酸化炭素排出量は14.1%減少 | ||
課題 | コロナウイルスの感染爆発 | 外部環境の不確実性が増し、世界のインフレ率は依然として高い。世界経済と貿易の成長モメンタムは弱まり、外部からの抑圧が強まり続けている。 中国国内の経済成長は継続して強化すべき。民間投資と民間企業は安定していない。 |
目標(2023年)
目標 | GDP成長率5% 「中国式現代化」を推進 | 経済成長:GDP成長率5%前後 就業確保:都市部新規就業者数1200万人前後、都市部失業率は5.5%前後 物価:消費者物価の上昇幅は3%前後 国際貿易:輸出入の安定促進及び質的向上、国際収支の均衡を保つ 所得:住民所得の伸び率は経済成長率とほぼ同ペースに保つ 環境:単位GDP当たりのエネルギー消費量と主要汚染物質の排出量を引き続き削減化石エネルギーの消費を制御することに重点を置き、生態環境の質は着実に改善される 食料:食料生産高は7.8兆トン以上を維持 |
2022年実績と2023年主要目標
項目 | 2022年実績 | 2023年目標 | 分析 |
---|---|---|---|
GDP成長率 | 3% | 5% | コロナ前水準とは言え非常に保守的な成長目標 |
消費者物価指数(CPI)上昇率 | 2% | 3%前後 | 物価上昇は3%程度まで許容 |
固定資産投資額(名目) | 5.10% | 設定なし | 設定無しのため天井なしになる可能性も |
単位GDP当たりエネルギー消費率 | 8.10% | 継続して低下 | 具体的数値目標を定めていないため経済回復優先か |
食料生産高 | 7.8兆トン | 7.8 兆トン以上 | 前年と変わらず |
赤字率 | 2.8% | 3% | 前年と変わらず |
財政収入 | 20.4兆元 | 設定なし | ロックダウンによって傷んでいるため目標設定できない可能性 |
財政支出 | 7 割以上を 民生に使用 | 設定なし | 設定無しのため天井なしになる可能性も |
中央から地方への移転支出 | 5年前と比べて 66.8%増加 | 設定なし | 設定無しのため天井なしになる可能性も |
農村部貧困人口 | 貧困人口 ゼロ達成 | 設定なし | 貧困ゼロ達成したため目標設定もなし |
都市部新規就業者数 | 1206万人 | 1200万人 | 前年と変わらず |
都市部登録失業率 | 5.50% | 5.5%前後 | 前年と変わらず |
目標(2023年)各項目
金融サポート | 税金減免 | 現行の減税、費用徴収削減、税還付、租金延納などの措置は、続けるべきものは続け、最適化するべきものは最適化する |
雇用安定 | 大卒者就職支援 | 若者、特に大卒者の就職に関する取り組みをより際立つ位置に置く |
政府サポート | 赤字率は3%まで | 積極的な財政政策に力を入れ、効率を高める。赤字率は3%を目安とする |
生産要素配分改革 | 民営企業の支援 | 法に基づいて民営企業※1の財産権と企業家の権利、利益を保護し、民営経済と民営企業の発展を支援する ※1:民営企業とは国営企業と対極としての民営の意味である |
国有企業改革 | コーポレート ガバナンスの整備 | 国有企業改革の3年行動課題を完了し、現代コーポレートガバナンスを整備する 国有企業の最適化と再編を促進して、主な責任と事業に集中し、品質と効率を向上させる 国有資産と国有企業の改革を深化させ、国有企業のコア競争力を向上させる 国有企業の経済的責任と社会的責任の関係を適切に処理する |
製造 新興産業政策 | 基幹革新技術 | リソースを集中させ、基幹核心技術確立を推進する 常態化監督管理レベルを高め、プラットフォーム経済の発展を支援する |
科学技術発展 | 核心技術研究の 強化 | 国家の戦略的な科学技術力を強化、主要な科学技術革新プロジェクトを実施、重要な核心技術の研究を強化する 大学や科学研究機関の役割を十分に発揮し、新たな研究開発機関の育成を支援する 国際および地域の科学技術革新センターの建設を促進し、総合的な国家科学センターを建設する 基礎研究と応用基礎研究を支援し、国の基礎研究費は5年間で倍増する |
消費回復 | 消費回復の促進 | 消費の回復と拡大を最優先する 都市と農村の住民の所得を向上させる コモディティ消費を安定させ、生活サポート消費の回復を促進する |
公衆衛生強化 | 高齢者サービス 保障 医療ソースの拡充 | ワクチンの高度化と新薬の研究開発を推進、人々の診療と薬の使用に対する必要を適切に保障する 良質な医療リソースの拡充と普及、地域内で均衡の取れた配置を推進する 高齢者向けサービス保障を強化し、出産支援政策体系を完善する |
教育学習機会創出 | 都市部と農村の一体化 | 義務教育の均衡の取れた発展、都市部と農村部の一体化を推進する |
文化生活 | 文化建設の強化 | 出版、ラジオ、映画とテレビ、文学と芸術、哲学と社会科学、アーカイブを発展させ、シンクタンクの建設を強化する 国際コミュニケーションの有効性を向上させ、インターネット コンテンツの構築を強化し、革新する 中国の優れた伝統文化を継承し、文化財と文化遺産の保護と継承を強化する 人々に利益をもたらす文化事業を実施し、公共図書館、博物館、美術館、文化センターを無料で公開する。 国民読書を徹底的に推進する 文化産業の発展を支援する。 国家の科学普及能力構築を強化する |
政府活動報告の注目点
前章でみたように全体目標の実現に向けて、各分野における具体的な重点活動が定められたが、数値目標はあれど前年と同じ程度、殆どの項目で数値項目が発表されないという異例づくしの内容でした。
2022年度は大都市を中心にロックダウンが徹底され、人の往来どころか各経済活動が極端に制限されました。その経済の痛手を負いながらも2022年は3%の経済成長を実現しました。これまで中国経済は5-6%程度の経済成長を維持し続けてきましたが、ロックダウンによる影響は思った以上に大きかったように見えます。更に、2023年目標についても保守的な数値が並んでおり、経済の本格回復は数年かかるというメッセージに受け取れます。
足元では消費の低迷、固定資産投資の減少、地方政府の巨額な不良債権問題、企業の倒産や解雇者増加による社会の不安定化、そしてロックダウンを経て政府に対する不信感がまん延しています。たしかに強引な形でコロナを終結させることはできたが、ロックダウンの影響は現実の経済しかり、人々の心にも至るところに暗い影を落としています。
国家統計局が2023年3月15日発表した1-2月の小売販売額データについては、前年同期比3.5%増、鉱工業生産額は同2.4%増加(予想は2.6%増)、さらに都市部固定資産投資については前年同期比5.5%増加(予想は4.5%増)でした。23年度の仕切り直しの側面の強い1-2月データでありますが、非常に回復は弱いという印象です。特に固定資産投資については予想より上ブレしているので、中国政府としてもある程度不動産投資への緩和をしつつ、成長エンジンをかけていきたい思惑が垣間見えます。
産業外資誘致政策においては、引き続き外資企業の積極投資を受け入れる方針を打ち出しています。これまでの製造業誘致から今後はサービス業誘致を行っていくと明言しています。外資を取りまく環境改善については徐々に進んでおり、2022年末発表された海南島自由貿易区構想などは、今後長江デルタ地域や香港マカオ経済圏に取って代わる自由貿易区となる嚆矢になるものであろうと予想されます。今後中国ビジネスを行う外資企業にとって大変歓迎される内容となっています。
今回の全人代において第三期目の習近平体制が決まり、新首相に李強氏が任命されました。李氏は2022年まで上海市トップとしてゼロコロナ・ロックダウンを推進した人物でもあり、自身が推進し結果的にコロナを収束させたゼロコロナ政策の数値を目の当たりにしながら、今後どのような経済運営を行っていくのか期待されます。
おわりに
武漢で新型コロナウイルスによる最初の感染が確認されてから3年経ちました。当時ニュースを見ていた誰もが、これほどまでに大規模に広がり、長引き、多くの犠牲を払う事になるとは全く思っていなかったことでしょう。米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると2023年3月時点での全世界における新型コロナウイルスによる感染者数は実に6億7600万人、死者は688万人に達しています。各国でワクチンの接種が進み、マスクを外しポストコロナに向かおうとしている中、中国はゼロコロナ政策に拘泥しすぎたために、ポストコロナの青写真を描けていないのが実情です。
こうした中、中国事業を展開されている多くの企業が、中国市場の変化を注視し、現地の情報収集に力を尽くされています。我々も中国領域の専門家として、中国の動向予測についてレポーティングを求められる機会が増えております
中国市場の変化と将来の動向予測に加え、これから中国ビジネスの展開に向けてもう一つ重要と思われるポイントは、我々自身がどのような変革アクションを実施していかなければならないのか?ということです。
徹底したゼロコロナ政策とロックダウン、そして突然のフルコロナ政策。世界からすればやや強引かと見えるこれらの政策は、コロナを終結させ、傷んだ経済をいち早く戻したいというメッセージにも見えます。
中国が描くポストコロナは、これまで通りのイノベーションとデジタルシフトは引き続き行われていくシナリオが予想されます。つまり、ポスト・コロナの時代においても中国の市場構造そのものに大きな変化はないと予想しています。
すでに中国では数多くのITサービスが十分に行き渡った形で普及している点です。日本のメディアではスマートフォンのアプリを使ったランチのデリバリー注文、ライブストリーミングによる商品販売、買い物での電子決済などについて、今回の緊急事態の中で生まれたイノベーションのように紹介しています。これらサービスはコロナが大規模流行する前から中国国内に浸透しており、多くの人が当たり前に使ってきたサービスです。
要するに、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって需要供給のバランスに変化はあるものの、消費者のライフスタイルやビジネス構造そのものに大きな変化は生じていません。
これらを理由とする「中国の市場構造そのものに大きな変化はない」というシナリオを踏まえ、我々が実行すべき変革は次のようなものになります。
まず新型コロナ終息の出口が見えたことから、中国政府主導で積極財政回復軌道に乗せようと考えていくものと推測されます。同時にロックダウンで傷んでしまった経済とともに企業ガバナンスの整備も急速に進んでいくと思われます。これらガバナンス整備の手法として必要なインフラ環境の整備、中国サイバーセキュリティ法体制の整備も求められるところでしょう。
さらに、依然中国は成長し続ける経済大国として伸びていくものの、インフレによる人件費の高騰、製造コスト上昇などによって中国現地法人の給与体制や採用戦略の見直しが迫られそうです。
中国経済がハードからソフト、モノからコト、機能から体験をより重視していく過程で政治は既に情報デジタルを手段とする新たな社会主義市場経済に舵を切りだしました。我々が想像する以上に政治主導による市場整備は進み、また中国企業の順応は速いと考えます。そして現地日系企業はこの時代の転換期をチャンスと捉えた挑戦と時代に即した体制に変革していかなければ早いうちに中国市場での日系企業が過去の存在となってしまうでしょう。