要約
クララは、中国におけるインターネットの技術的な調査を継続的に実施しています。本稿は、中国の主要な動画サービス企業が、中国固有のインターネットインフラ事情がある環境において、どのようにコンテンツを配信しているかについて調査した結果を取り上げています。
中国では、主要な通信キャリア 1である中国電信(China Telecom)と中国聯通(China Unicom) が、それぞれの主要なバックボーンネットワーク同士で相互接続を行っておらず、どちらか片方だけに配信ノードを用意した場合、もう一方のISPのユーザからは接続が遅くなることが課題です(南北問題)。
このため、中国全土に効率よく配信するためには、各通信キャリアのネットワーク内に配信ノードを置くことが望ましいと考えられてきています。
一方で、一部の民間のISPはBGP接続 2を用いたマルチホーム接続を提供しはじめており、中国電信や中国聯通を含む複数のネットワークへの上位接続を確保しています。今回の調査では、こうした環境を利用することにより、複数の配信ノードを置かない方法も採られていることを確認しました。
一般的に、中国における BGP によるマルチホーム接続の接続単価(トランジットコスト。1Mbps あたりの単価で設定されることが多い)は日本や韓国等と比べると高く設定されており、大量のコンテンツ配信を行う場合には、各通信キャリアと個別に契約した方が配信単価は低くなると考えられています。しかし、その場合にはそれぞれの通信キャリアのデータセンタに個別に設備を置く必要があり、かつシステム内のデータの同期が必要となるため、逆にシステムの管理や運用面でのコストは高くなることが考えられます。
本稿のポイントは以下のとおりです。 土豆(Tudou)、优酷(Youku)、搜狐(Sohu)は、GSLB3を用いた Web配信の仕組みが採られており、中国電信のユーザへは中国電信のデータセンタに設置された配信ノードから、中国聯通のユーザへは中国聯通のデータセンタに設置された配信ノードからコンテンツが配信されていることが確認された。なお、土豆は、GSLBとDNSラウンドロビンを組み合わせて運用している。
- HTML などのコンテンツを配信するサーバ構成と、動画ファイルを配信するサーバ構成が別に採られている模様であることが確認された。
- 乐视は本編動画と広告動画の配信サーバが同一であったものの、搜狐は広告動画の配信を自社サーバからのみ行っているとみられる。これは、広告動画の配信システムの違いによるものと考えられる。
- 乐视と优酷は、少なくとも北京市内からのアクセスの場合、動画配信を通信キャリア(中国電信や中国聯通)のデータセンタから行っているのではなく、民間の IDC から行っていることが確認された。
システム構築や運用の効率性、データの同期の複雑さという観点からは、配信ノードを集中させることが望ましいと考えられ、CDN経由でトップページを配信している乐视や酷 64は、この方法を採用している。
調査手法
各動画サービスは、静的または負荷の少ないコンテンツ(HTML や画像等)と動画など容量の多いコンテンツについて、それぞれの配信元について分散して配信していることが考えられます。例えば、静的なページは自社のサーバから配信し、動画ファイルは CDN 経由で配信するといったケースです。このため本稿では、動画コンテンツは、各動画ファイルのダウンロード元についても、パケットキャプチャや動画キャプチャツール等を用いて動画サーバを特定し、調査を行っています。
また、GSLB を導入しているサービスが多いことが事前調査によって確認されていたため、調査にあたっては中国電信と中国聯通の 2 つの ISP に接続し、調査作業を実施しました。具体的には、中国電信は AS4847、中国聯通は AS4808 配下のネットワークからのアクセスを行っています。中国電信と中国聯通は、2 社合計で中国国内における DSL/FTTB での ISP サービスで市場シェアの大半を有しています。
調査にあたっては、前項の調査範囲の条件に基づき、中国の主要な動画サービスのうち、代表的な事例と成り得る 4 つのサイトを取り上げました(搜狐については、映像コンテンツの搜狐视频を対象)。
調査は 2013 年 8 月 9 日から 8 月 12 日にかけて実施し、この期間における複数回の調査により、調査結果の変動の有無を確認しています。
調査結果
各サイトの調査の結果は、以下の表のとおりです。
調査所見① – トップページの配信
調査対象とした 4 サービスの全てにおいて、トップページ( 例: 优酷の場合にはhttp://www.youku.com/)は、ユーザが接続しているISP から見て最も近いネットワークからコンテンツを配信するよう考慮されていることを確認しました(図 2)。
4 サービスのうち、土豆、优酷、搜狐は GSLB を採用し、乐视は CDN を採用しています。また、今回の調査対象には含んでいませんが、酷 6 もトップページの配信には CDN を用いています。なお、CDN のコンテンツを配信するオリジンサーバの情報については今回の調査では判別していません。
トップページの配信に、BGP によるマルチホーム接続を行う IDC からの配信を行っているサイトが無い背景には、以下の 2 つの理由が挙げられます。
- いずれのサービスもアクセス量の規模が大きく、中国電信と中国聯通などの通信キャリアのネットワークに直接サーバを設置することで、回線の大量契約によるコスト圧縮が実現できること。
- 通信キャリアにとっては、動画コンテンツの配信サーバを自社網内に置くことにより 外部ネットワークとの通信が発生せず、自社網内で通信が完結する。このため、通信キャリアは対外接続コストを抑えることができるため、安価に提供することができる。
この他に、中国における通信キャリアの独占的なポジション、通信キャリアによるデータセンタが大半を占める点、民間 ISP 事業者の少なさ、マルチホーム接続の運用経験を持つ ISP 少なさ等の理由も指摘することができます。
調査所見② – 動画ファイルの配信
動画ファイルの配信について、CDN 経由で行われているものはホスト名の情報等からは確認できず、通信キャリアまたは ISP のデータセンタを用いて配信していることが確認されました。しかし、動画ファイルの配信用サーバが設置しているデータセンタは統一されておらず、一つの動画サイトでも動画によって異なるデータセンタから配信されているケースが多く見られました。
また、トップページの配信では見られなかった BGP 接続環境での配信は、動画ファイルの配信では乐视と优酷の 2 サービスで確認されました。
なお、今回調査した全てのサイトにおいて、ストリーミングされる動画ファイルのダウンロードが可能でした。优酷など投稿型のサイトはダウンロードをサービスとして提供していますが、乐视はスポーツなどの映像についてコンテンツ権利者から配信権を購入して配信しています。実際に、乐视のゴルフ、サッカーなどの映像についてダウンロードが可能であるかを試してみたところ、FLV 形式(Flash ファイル)でのダウンロードと再生が可能であることを確認しました。このことから、配信サーバでの DRM 保護等の機能は今回の調査対象のサービスでは使われていないものとみられます。
動画サイトのインフラの発展可能性としては、EC サイトの凡客(Vancl)のケースが参考になると考えられます。凡客は BGP 接続環境を提供しているデータセンタの光環新網(Sinnet)を採用しており、HTML コンテンツは光環新網のネットワークから配信しています。EC サイトでは、一つのデータベースに全ての在庫・受発注などのデータが格納されるため、CDN を組み合わせて導入する場合には静的な画像ファイルや動画ファイルのみをキャッシュ対象とすることが一般的です。凡客も、画像ファイルは ChinaNetCenter の CDN サービスを利用して配信し、サーバの負荷を分散しています。
これらを動画サイトに応用する場合には、トップページなどの HTML コンテンツを置くオリジンサーバを BGP 環境に設置し、動画ファイルの配信を CDN 環境にするといった組み合わせが考えられます。
1 中国電信と中国聯通及び中国移動は、固定網のインフラを持つ通信キャリアであると同時に、個人向け・企業向けのインターネット接続サービス(ISP)と、データセンタ内でのインターネット接続について中国における大半のシェアを有している。そのため、通信キャリア≒ISP と解釈される。なお、一部には民間企業のISP も存在する。
2 Border Gateway Protocol。複数のネットワークを接続した環境において、各ネットワーク機器が経路情報を交換するプロトコルの一つ。一般的に、中国において単にBGP と説明される場合には、プロトコル自体ではなく中国電信や中国聯通など複数のISP と接続している状態を示すことが多い。
3 Global Server Load Balancing。ユーザのアクセス元によって、コンテンツの配信を担当するサーバ・ネットワークを動的に分散させる。例えば、日本からアクセスしたユーザは日本のサーバ、アメリカからの場合にはアメリカのサーバからコンテンツを配信するといった際に使われる仕組み。
4 http://www.ku6.com/
5 网宿科技。中国の主要なCDN 事業者の一つ。