コロナ禍により中国で定着すすむ従業員シェアリング

目次

1. 中国発の従業員シェアリング、定着へ

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う人手不足を補うために生まれた「従業員シェアリング」が、人材サービスの一つとして定着しそうだ。

ようやく感染が落ち着きつつあった 2020 年 3 月 17 日、国務院常務会議の場で李克強首相が「従業員シェアリングプラットフォームの発展を支援する」と発言したことをきっかけに、地方政府や企業が続々とプラットフォームや支援策を打ち出した。

3月30日には深セン市政府が中国初となる従業員シェアリングプラットフォーム「員工通」をリリースし、無料でマッチングサービスを提供したほか、阿里巴巴(アリババ)グループの生鮮スーパー「盒馬鮮生」も、従業員シェアリング専用プラットフォームを開発。民間の求人サービスでも、従業員シェアリングの求人ページが設けられ、専用アプリが登場した。

また各都市の人力資源・社会保障局(公共職業安定所のような役割も担う機関)や各地の経済開発区でも従業員シェアリングを希望する企業のマッチングを精力的に行っている。山東省青島市では 5 月 15 日に開かれた政治協商会議において、従業員シェアリング連盟(共享用工聯盟)の設立と従業員シェアリングプラットフォームの開設を求める提案書が出されたばかりだ。

当初は非常事態期間中の人手余りと人手不足の企業間マッチングを目的に始まった従業員シェアリングだが、感染拡大が落ち着いた今は資金難で閉店あるいは休業状態が続く店舗や企業の従業員、つまり実質的な失業者の受け皿となっている。

さらに繁忙期と閑散期の差が大きな業種では、繁忙期の従業員確保に活用できないか模索する動きもある。従来からある期間雇用や人材派遣とは違う新しい人材サービスの形として、従業員シェアリングが広く浸透してきたことが伺える。

2. 従業員シェアリングが登場した経緯

中国では新型コロナウイルスの感染拡大の影響によって、2020 年 1 月末から 4 月にかけて店舗や企業が休業を余儀なくされた。その間、在宅勤務ができない業種で働く人の多くが自宅待機となったが、経営者にとって工場や店舗の賃料、従業員の賃金といった休業しても支払いが発生する費用の負担は重い。飲食店などのサービス業や軽工業を中心に、従業員が早々に解雇されたり、賃金が減らされたりする状況となっていた。

例えば大手外食チェーンの西貝は、全国に約 400店舗あるうちの 300 店舗が完全に休業。自宅待機となっている従業員は 2 万人を超えていた。従業員の賃金コストは毎月 1.5 億元(約 24 億円)で、このまま店舗の休業が続けばあと 3 カ月しか体力は持たないと、社長自らが SNS を通じて苦しい状況を伝えたことも話題となった。

一方、外出制限によってネットショッピングやフードデリバリーの需要は増加。宅配便の配送員が足りず、スーパーやレストランのデリバリースタッフも大幅に不足する事態となった。

この問題を解決するために導入されたのが従業員シェアリングだ。一般的に企業間の契約で成り立っており、人手の余る企業 A が複数の従業員をまとめて人手不足の企業 Bへと派遣する形をとる。派遣される従業員は、企業 A に雇用された状態のまま企業 B で勤務し、契約期間が終われば企業 A の職場に戻ることになる。

従業員を送り出す側の企業は受け入れ側企業から支払われる賃金で従業員の給与をまかなうことができる上、条件が合えば政府からの補助金を受け取ることができる。受け入れ側企業は短期的に不足する労働力を一度に確保できる。シェアされる当の従業員は慣れない仕事に大変だろうが、失業せずに済み、給与も保障される。

その後、外出制限は解除されてからは、交通機関の遮断や地域の封鎖、あるいは身近に感染者が発生したことによる強制的な自宅待機などで都市部へ戻ってこられない従業員が続出したため、操業を再開したくてもできない工場や営業もままならない店舗への応援要員の確保として、従業員シェアリングの利用が広がった。

最も早い段階で従業員シェアリングを始めた生鮮スーパー「盒馬鮮生」は、2 月 3 日に雲海肴、西貝、探魚、青年餐飲といった休業中の外食チェーンと提携。続いてその他のレストランやホテル、映画館、デパート、ショッピングモール、タクシーなどとも提携し、最終的に 40 社以上の企業から 5,000人を超える従業員を“シェア”した。「盒馬鮮生」では、主にインターネットから注文された商品を揃える作業や商品を配送するデリバリースタッフとして働いてもらったという。同業では、ウォルマートも 2 月の約 1 カ月間、全国にある約 400 店で合計 3,000 人以上の飲食店従業員を受け入れた。

安徽省合肥市の合肥経済開発区では、開発区の管理委員会が先頭に立って従業員シェアリングを積極的に推し進めた。パソコン製造大手のレノボがノートパソコン生産ラインに市内の飲食店従業員など 700 人あまりを受け入れたほか、バスメーカーが組立ラインに市内のホテル従業員 40 人を受け入れた。

このほか、開発区内で家電などを生産する長虹美菱(MELING)の工場では、四川省にあるグループ企業の工場から 599 人を受け入れるという、省を跨いだシェアも行われた。最寄り駅までの直通列車がないため、開発区のトップらが鉄道部にかけあって貸し切りの特別列車を手配し、到着後は駅から工場まで大型バス 22 台で移動するという大掛かりなものだった。

さらに開発区内の企業どうしでのシェアにも取り組んでいる。4 月 10 日には PC メーカーの宝龍達(BITLAND)が家電メーカーのハイアールから閑散期で手が空いているエアコン組立作業員ら 264 人を受け入れ、子供の自宅学習などで注文が増加しているノートパソコンの組み立て作業を依頼した。同開発区の責任者は、従業員シェアリングに手ごたえを感じており、これまで頭を悩ませてきた期間従業員の不足をついに解決できそうだとコメントしている。ちなみに合肥市全体では従業員シェアリングによって 25社が合計 2,664 人を受け入れたと発表している。

ところで従業員シェアリングでは、これまでレストランで接客をしていた人が、急遽工場の生産ラインで働くようなケースが発生する。どうしても未経験者が多くなるため、スーパーの配送業務では自宅近辺など詳しく知っているエリアの配送を任せたり、工場の製造ラインに入ってもらう場合には事前に研修を行ったりして対応したという。郊外にある工場では、市内からの送迎バスを用意する企業や住み込みで働けるよう寮や食事の手配をする企業もあった。

3. 法的問題の解決で更なる普及の後押しも

突として広がった従業員シェアリングだが、実際には様々な法的な問題を含んでいる。そのため中央の人力資源・社会保障部が、複数回にわたって明確な司法解釈を発表したのに続き、各地の政府や裁判所もそれぞれ具体的な見解を示して従業員シェアリングの導入を後押ししている。

例えば深セン市政府は、4 月 2 日に発表した「企業の労働力余剰・不足調整業務の展開に関する通知」で従業員シェアリングの普及支持と諸問題に関する方針を示した。北京市では朝陽区人民法院や市郊外にある門頭溝区人民法院などが従業員シェアリングに関する争議にまつわる司法解釈を発表した。広東省の人民法院も同様の趣旨の司法解釈を出している。

従業員シェアリングに関する主な問題への見解は次のようになっている。

実務上の注意点としては、①従業員シェアリング自体は雇用企業と受け入れ側企業の双方の合意で実施できる。ただし民事上の合意にあたり労働法上の拘束を受けないため、シェアリングの期間、賃金の額や支払い方法、社会保険や福利厚生の負担、従業員の管理、労災発生時等の責任などを明確に定めること。②従業員シェアリングの実施にあたっては、労働契約法 35 条に基づき、雇用企業と従業員が書面で合意すること。従業員本人の合意がない強制的な送り出しはできない。③行政許可が必要となる労務派遣との区別を明確にするため、利益目的で従業員をシェアしないこと。④雇用側企業、受け入れ側企業とも企業秘密の漏洩に注意すること、などが挙げられる。

平時でも従業員シェアリングを導入する企業が今後増えることが見込まれるが、地域ごとに詳細な規定が定められている場合もあるため、実施にあたっては所在地の人力資源・社会保障部へ確認するとよいだろう。

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この記事を書いた人

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