コロナ禍で迎える二度目の上海の春節

目次

1. 中国人にとっての春節(旧正月)とは

日本人にとって春節とは、「旧暦の正月」、「爆買いに来る大量の中国人」といった印象にすぎず、大量の中国人観光客が来日する 10 月 1 日の国慶節と同じ、ただの大型連休という認識かもしれない。

しかしながら、中国人にとっての春節は特別な意味を持っており、家族そろって春節を迎え、一緒に過ごすことはとても重要なこととされている。昔の日本人にとっての正月も、今に比べれば大事な行事だったと思うが、それとはまた違った重要さがある。

日本人にも広く認識されているように、中国はまだまだ出稼ぎ労働者が多い。子供を田舎の祖父母に預け、夫婦とも都市で働いていることが多く、またその夫婦もそれぞれ別々の都市で働いているケースも少なくない。家族全員がそれぞれ別の街で生活しているため、春節とは一年に一度、家族が集まって過ごす大事なイベントなのだ。春節のために一年間頑張っていると言っても過言ではないだろう。もちろん出稼ぎに行く必要のない裕福な家庭にとっては、国慶節と同じく長期旅行に行く機会に過ぎないかもしれないが、そうではない層がまだまだ多いというのが中国の実情である。

上海市は地方出身者が多いので、例年の春節であれば大半の人が帰省してしまう。街は人も車も少なく、日本でいえば都心のオフィス街のお正月といった様子で、がらんとした雰囲気になる。春節と言えば派手に爆竹を鳴らして祝うイメージもあるかと思うが、上海では郊外を除き爆竹が禁止されているため、爆竹の音もしない。もちろん上海市内でも豫園、外灘、南京東路といった有名観光地は観光客であふれているが、普通の住宅街は静かなものだ。

2. コロナ禍で迎えた初めての春節

新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた 2020 年の春節は、中国の人たちにとって今までになかったし、これからもまず無いであろう、非常に特別なものだった。ざっと経緯を振り返ると、春節を目前に控えた 2019 年 12 月下旬、湖北省武漢市で謎のウイルスによる肺炎が発生していると公式でない情報が出回った。上海市内もこの情報に一時はざわついたものの、発生源とされる武漢と上海はかなり距離があることから、そこまで気にする人はいなかったように思う。

その後、2020 年 1 月 11 日に国家衛生健康委員会が「原因不明のウイルス性肺炎の状況」という文書を発表し、翌 12 日には「新型コロナウイルス肺炎の状況通知」が出された。上海市内で感染者の報告があった 1 月 21日、この日を境に上海でもマスクや消毒液が店頭から消えた。そして春節を 2 日後に控えた 1 月 23 日に武漢が封鎖された。

当時、上海では外出制限が行われなかったため、地方出身者は例年のように故郷へと帰省した。一方で、上海に残った人たちは自然と必要最低限の外出しかしなかった。中国では過去に SARS の感染被害があったことから、同様の感染症に対する恐怖心もあったのだろう。さらに今回は未知のウイルスであること、また元々中国では病院にかかるとなると大きな公立病院に行くしかなく、時間もお金もかかることから、絶対に感染したくないと考える市民が大多数だったからだ。

帰省者への対策が遅きに失した 2020 年の春節は、帰省した先で感染拡大を招く結果となった。さらに都市封鎖となって、帰省先から働いていた街へと戻ることができなくなった人も多かった。

さて通常通りだった 2019 年と感染拡大直後の 2020 年の春節に、それぞれどのくらいの人が国内を移動していたか数字を確認してみよう。春節は毎年旧暦の大晦日から 7日間が連休となっており、春節を挟んで前 15 日間と後 25 日間の計 40 日間は「春運と呼ばれる帰省ラッシュに対応した交通機関の特別運行が行われる。

上のグラフは百度(Baidu)が発表した直近 3 年間の春節前後 49 日間の全国の人の動きの様子だ。少々見にくいが、白い線が 2019 年、青が 2020 年、黄色が 2021 年を表している。ちょうど真ん中あたりでグラフが谷になっている日が旧暦の 1 月 1 日、春節の元日だ。

何もかもがいつも通りだった 2019 年、春運の 40 日間に中国国内を移動した人数は、延べ 29.8 億人に達した。鉄道の利用者数だけでも延べ 4.1 億人に上った。翻って感染拡大のさなかにあった 2020 年の春運は、1 月 23 日に武漢が封鎖され、鉄道等での移動に支障をきたしていたが、それでも帰省や旅行で国内を移動した人数は、延べ 14.76 億人に達した。交通運輸部による事前の予測値は前年実績とほぼ同じ延べ30 億人だったが、実際は半分以下にとどまる結果となった。グラフの前半では 2019 年に比べて多くの人が移動している様子がわかる。武漢の封鎖を知り、自分も帰省できなくなるのではと考えた人々が慌てて移動したのだろう。逆にグラフの後半はずっと低く推移しているが、これは各地の都市が封鎖されてしまい、帰省先から都市部へと移動できなかった人たちが多かったことを示している。

そして今年 2021 年の春運(1 月 28 日~3 月 8 日の 40 日間)の国内移動人数は、1 月20 日時点の見通しでは延べ 17 億人だったが、その後 11 億 5,200 万人と大きく下方修正された。グラフの形だけ見れば、白い 2019 年と黄色の 2021 年は似たような山を描いている様子がわかる。本レポート執筆時点はまだ春運の期間中だが、1 月 28 日~2 月22 日までの実績は延べ 4 億 7,000 万人で、このままいくと恐らく 10 億人にも満たない可能性が高い。

3. 2021年の春節は、政府があの手この手で規制自粛を呼びかけ

世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、中国は 2020 年の春節以降完全に感染の封じ込めに成功したと言っていい状態にある。2020 年 12 月下旬頃から中国北部を中心に感染者が増え続けた際には、上海でも最大で 18 人の感染者が確認された。一時はどうなるかと心配したが、大規模な PCR 検査や適宜移動を制限するなどの対策により、2 カ月足らずで国内の新規感染者数をゼロに戻している。

人の移動によってもたらされる感染拡大を防止するため、国務院は 2021 年の春節を迎えるにあたり、「帰省をなるべく自粛し、今いる場所で春節を過ごす」という意味の「就地過年」を提唱した。

これによって各地では1月中旬あたりから、地方出身者の多い配送員や家政婦等に対し、ボーナスを支払うなどして帰省しないよう働きかけが行われた。具体的には、帰省しないことを条件に2,000~3,000 元のボーナスを支給、春節期間中の出勤に対する追加手当や食事手当の用意、時期をずらして帰省する人への交通費の支給などが行われた。さらにインターネット通販サイトやデリバリーサービスで使える商品券も配られた。

工場以外の一般の企業においても、帰省や旅行などで省を跨いで移動しないよう従業員に通知を出していたり、帰省を取りやめた従業員に数百元~1,000 元のボーナスを出していたりするケースも見られた。多くの人が帰省せずに都市部で春節を過ごすことになるため、市民が支障なく日常生活を送ることができるよう、政府は飲食店やスーパー等に春節期間中も休業しないよう要請していた。なお上海では企業が自主的にこれらの手当を支払ったが、地域によっては地方政府から企業へ補助金が出たところもあったようだ。

このような金銭的なメリットを用意して自主的に今いる場所に留まってもらう策と同時に、省を跨いで移動する人や中高リスク地域から移動する人に対して PCR 検査や強制的な隔離を求めることで、春節期間中の感染拡大を防止することに成功した。

ただいつものことながら、各政府機関から日々刻々と通知が発表されるため、人々の理解がなかなか追いつかない。皆それぞれが違った認識でいるため、春節の休暇が始まる前は職場の同僚や人との間で、移動できるのか︖検査は必要なのか︖と答え合わせが必要なほどだった。

国レベルで出された春節期間中の移動に対する主な通知は以下の通り。

●2021 年 1 月 20 日発表、国務院聯防聯控機制による帰省に関する通知

・1 月 28 日~3 月 8 日までの間、帰省する者は移動日から 7 日以内の PCR 検査陰性証明を取得しなければならない。
・ 帰省先では、該当地域の政策に基づき、隔離や検査を受けなければならない。
●同 1 月 20 日発表、国家衛生健康委員会による農村への帰省者に対する「冬春季農村地区新冠肺炎疫情防控工作方案」に基づく要求
・ 農村へ帰省する者は、移動日から 7 日以内の PCR 検査陰性証明を取得しなければならない
・ 農村への帰省後、14 日間の在宅健康観察を行う
・ 帰省中は、大人数で集まらず、移動してはならない
・ 7 日ごとに PCR 検査を行う
●同 1 月 26 日発表、春節に移動する人に対するガイドライン
中高リスク地域およびその他地域の居住者への移動に関する要求
・ 高リスク地域の居住者および 14 日以内に高リスク地域を訪れた人は、春運期間中は移動できない。
・中リスク地域の居住者および 14 日以内に中リスク地域を訪れた人は、春運期間中は原則として移動できない。移動が必要な場合、管轄部門の許可を受けた上で、移動日の 72 時間以内のPCR 検査陰性証明が必要となる。
・ 中高リスク地域が存在する市の居住者が移動する場合、移動日の 7 日以内の PCR 検査陰性証明が必要となる。
低リスク地域の居住者への移動に関する要求
・ 14 日以内に発熱、せき、咽頭痛、下痢、味覚嗅覚の減退などの症状があった者は、必要でない外出を避ける。
・ 低リスク地域で輸入冷凍冷蔵食品に関する仕事に携わる者、港で直接輸入貨物に触れる者、隔離場所のスタッフなどの重点人員が省や市を跨いで移動する場合、移動日の 7 日以内の PCR 検査陰性証明が必要となる。
・ 上記以外の人員は、グリーンの健康コードを提示し、平熱で、防護対策をして外出することができる。

上記のように春節期間中の移動に対して制限や条件が設けられたのだが、この通知が中央から各省の政府へ、さらに地方政府へと周知されるまでに少しずつ強制的な要求に変えられ、いつの間にか「帰省は一律認めない、移動したら 14 日間の隔離とする」というルールになってしまい、市民の不満不安を煽った。

このような事態を受けて国家発展改革委員や交通運輸部は相次いで、国家レベルより下位のレベル、すなわち地方政府等のレベルで勝手に人の往来、通行を妨げるような行為を禁止する通知を出している。実際 2020 年の春節では、移動に関するルールが次第に厳しくなり、マンションの敷地を出入りするのすら厳しく管理されるようになり、帰省先から戻りたくても戻れないケースが頻発したという経緯がある。

また、上海においては上海市疫情予防抑制業務指導グループ事務室から、1 月 13 日に冬春季に上海へ来訪する者に対する 8 条の防疫措置が発表された。内容は以下の通りだ。

  1. 親族訪問、公務など必要な場合を除き、上海から離れず、出国せず春節を過ごし、なるべく人の流動を減らすこと。
  2. 国内の中高リスク地域の者は上海への来訪を延期し、リスク等級が低下してから上海に来ること。
  3. 国内の中高リスク地域及び中高リスク地域のある市・区から上海へ来訪する者は、上海に到着後12時間以内に所在地の居村委員会と職場等の所属組織又は居住するホテルに申し出なければならない。
    出発地と経由地の疫病リスク等級に基づき分類管理を実施する。
  4. 国内の高リスク地域及び高リスク地域のある県(区・市)、又は現地政府が全地域の封鎖管理を宣言した地域から、あるいはその地域を経由して上海へ来訪する全ての者に対し、一律 14 日間の集中隔離健康観察を実施し、2 回の PCR 検査を実施する。
  5. 国内の中リスク地域及び中リスク地域のある県(区、市)から、又はその地域を経由して上海へ来訪する全ての者に対し、一律 14 日間の厳格な自宅での健康管理を実施し、2 回の PCR 検査を実施する。
  6. 空港、駅、埠頭などの交通旅客ターミナルは、上海への来訪者に対する体温測定と健康コードの検査を強化する。
  7. 居村委員会、職場等の所属組織、学校及びホテルは、上海への来訪者に対する体温測定と健康コードの検査を強化する。

    (原文)权威发布!本市公布冬春季来沪返沪人员 8 条防控措施(1 月 13 日)
    https://mp.weixin.qq.com/s/Cd8jYr82GgAISI_6pnFMYg

4. 感染を防ぎ、安全な春節を支えるテクノロジー

国レベルで採用されているのが、「健康コード(健康码)」、「移動履歴コード(行程码)」、「PCR 検査の陰性証明」の 3 つだ。さらに、マスクの着用、ソーシャルディスタンス、手洗い・うがい、体温測定などを徹底することにより、市中での感染拡大を抑えている。

まず、感染リスクの有無を色付きの QR コードで示す「健康コード」は、出勤が再開した 2020 年 2 月中旬頃から、オフィスビルをはじめとした人の集まる場所に入る際に提示が求められるようになった。

健康コードは浙江省杭州市が最初に導入し、その後全国で採用されている。最初の登録時に携帯電話の番号を入力することで個人を特定し、通信会社による位置情報データに加え、政府や交通機関等が保有する各種ビッグデータと照合して、赤・黄・緑の 3 色の QR コードで本人の感染リスクの状況を表示するものだ。中国で生活するほとんどの人が使用しているオンライン決済サービスの「アリペイ(支付宝)」や「WeChat(微信)」からも表示できるようになっており、すっかり市民生活に浸透している。

次の「行動履歴コード」は、直近 14 日以内のスマートフォンの位置情報を元に、赤・黄・緑の 3 色で感染リスクを表示するものだ。最近訪れた省市の名前も小さく表示される。同様に通信会社による行動履歴コードもあり、こちらは直近1 カ月に訪れた省市が表示されている。
「PCR 検査の陰性証明」は、2021 年の春節以前から旅行や出張で居住地以外の場所のホテルに宿泊する際に提示が求められているものだ。

PCR 検査は誰でも受けられ、予約も支払いもWeChat等からカンタンにできる。検査結果は6~8 時間以内にスマートフォンで確認でき、前述の「健康コード」にも自動で反映されるようになっている。もちろん病院に出向いて、紙で検査結果を受け取ることもできるが、電子データで通用するため、病院に行くのは検査の時だけでよい。

日本では個人情報保護の観点から、本人の任意提供でない情報に基づく仕組みの構築が進めづらい状況にあるが、コロナ禍に中国で生活をしている筆者は中国の対策に安心感を持っている。どこかで感染者が出たとしても、通信会社の位置情報や交通機関の移動データ、病院や衛生保健局などが持つ情報により、すぐに濃厚接触者を特定して対処できる環境が整っているおかげで、普通に近い生活が送れているように思うからだ。感染拡大からの1年間、中国の新型コロナウイルス対策はテクノロジーとともにあったと感じている。

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この記事を書いた人

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