中国の高端医療サービス市場

1. 中国の医療事情

中国の医療事情は「看病難、看病貴 (診察を受けることが難しく、医療費が高い)」と呼ばれ、大きな社会問題となっている。各種医療サービスを提供する医療衛生機構は全国におよそ 99 万カ所に上るが、日本人が病院と聞いてイメージする“医院”に分類されるのは、公立と私立(民営)あわせて 2.7 万カ所に限られる。

中国の医療衛生機構は、前述した医院、基層医療衛生機構、専業公共衛生機構の 3 種類に大別される。医院は設備や医師の数などで三級・二級・一級に分けられ、それぞれの級に甲・乙・丙のランクがある。最もランクの高い“三級甲等”の医院は、国家衛生部や市衛生局の直轄で高度な医療を提供する、いわゆる特定機能病院で、北京市内には総合医院と専科医院あわせて 30 カ所がある。基層医療衛生機構は、社区衛生服務中心、郷鎮衛生院、村衛生室などが含まれ、地域のコミュニティに密着した基本的な医療サービスを提供する役割を担う。しかし実際には設備が十分でなく、薬品の管理もずさんで、医療レベルが低い等の理由から、かかりつけ医としての機能を果たしておらず、都市部の大病院に患者が集中する原因の一つとなっている。

また 2015 年 9 月単月の全国の医療衛生機構における診察患者数は、のべ 6.3 億人で前年同期比 2.0%増加した。退院者数は 1,632 万人で、こちらも同 3.3%の増加となった。2015 年 1-9 月の病床利用率は、医院が 87.4%で、特に三級医院は 99.6%とほとんど空きベッドがない状況だった。一方で社区衛生服務中心では 57.0%にとどまった。平均在院日数は医院が 9.4 日で、三級医院は 10.4 日だった。

国家衛生計画生育委員会のまとめによると、2015 年 1-9 月の全国の三級公立医院における外来診察費用(掛号費、診察費、薬品代を含む)は平均 227.6 元で、二級公立医院では平均 183.0 元だった。入院費用は三級公立医院の平均が 12,521.1 元、二級公立病院が平均 5,365.7 元だった。

2. 高端医療サービスの人気高まる

近年は経済成長に伴う収入の増加で、富裕層だけでなく中間層にまで“高端医療”を求める動きが広がっている。“高端医療”とは、高度医療や先進医療のような技術的難度の高い治療を指すだけでなく、清潔で美しい医療施設、経験豊富で海外での勤務経験がある専門医師、患者専属の看護士によるケア、ホテルのような良いサービスといったものまでも含む、高額な費用に見合った質の高い医療サービスを意味する。

これまで国内の高端医療サービスは、高端総合医院、高端専科医院、公立医院の高端サービス部門の 3 つが主な提供チャネルとなっていたが、近年は政府による外資導入政策の緩和もあり、新しい外資系医院、高端化する民営医院、海外への医療ツーリズムが新たなチャネルとしてニーズを取り込んでいる。

従来からある高端総合医院は、ほとんどが合弁合作のスタイルをとっている。例えば北京和睦家医院は 1997 年に米 Chindex International 社と中国医学科学院の合作で設立された総合病院で、多くの外国人医師を抱えており、運営も外資主導で行っている。また北京天壇普華医院は、公立医院の天壇医院と亜太医療国際集団の合作で設立された病院で、天壇医院のリソースを使って運営されている。上海国際医院は、公立医院である上海華山医院東院国際部が独立したもので、管理は和睦家医療集団に委託している。

高端専科医院には、産婦人科や小児科、ガン治療の専門病院などが数多くあり、グループ展開する小児科病院が上海・北京・広州の 3 都市だけで 40 以上もある。また公立医院の高端サービス部門とは、政府幹部・軍幹部のみを診察する特別部門や大使館の外国人職員あるいは海外の来賓を専門に診察する国際部門、富裕層の患者を対象にした一般特需医療部門が該当する。

近年は、高端専科医院として特定のガン治療を得意とする病院のほか、リハビリ、健診、美容整形などに特化した病院が次々と誕生している。ガン治療やリハビリ専門病院の場合、外国人医師と海外勤務経験のある中国人医師が共同で設立したものも多い。中国では日本と違って民営の個人病院は少ないが、眼科、歯科、健診専門病院は過半数が民営との調査結果もある。

3. 徐々に緩和される医療分野の外資規制

これまで医療分野への外資参入は規制されてきたが、2013 年 11 月に上海自由貿易試験区に独資による医療機関の設立が認められた(「中国(上海)自由贸易试验区外商独资医疗机构管理暂行办法」)のをきっかけに徐々に緩和が進んでいる。2014 年 7 月には国家衛生計画生育委員会と商務部が「外資独資病院設立の試行業務の展開に関する通知(关于开展设立外资独资医院试点工作的通知)」を発表し、北京市、天津市、上海市、江蘇省、福建省、広東省、海南省の 7 省・市で試験的にではあるが外資独資病院の設立が解禁された。

投資にあたっては上海自由貿易試験区とその他 7 省・市のいずれも、「独立して民事責任を負うことができる法人」と定められており、上海の場合は「直接的に医療機関の投資及び管理に従事し、5 年以上の経験を有すること」との決まりがあるが、7 省・市を対象にした試行では「直接的または間接的に医療衛生の投資及び管理に従事した経験を有すること」となっている。投資総額と経営期間は、上海の場合 2,000 万元以上、20年以下と定められていたが、いずれも後に廃止された。一方、7 省・市においてはいずれも具体的な数字が挙げられていないため、開業を検討する省あるいは市の衛生計画育成部門や商務部門に確認する必要があるだろう。

また設立可能な施設について、上海では「医療機構」、7 省・市では「医院」と定められていることに注意したい。医療機構管理条例実施細則と同細則の第三条の内容修正に関する通知によれば、医療機構は 13 種類に分類されており、医院はそのうちの一つに過ぎない。なお、中国医学系医院は香港、マカオ、台湾の投資者を除いて設置できないことが通知の冒頭で明言されている。

さらに、上海と 7 省・市のいずれにおいても、病院の建物や設備に関する条件や医師の人数などが「医療機構基本標準(医疗机构基本标准)」の基準を満たしている必要がある。同標準は医療機関の営業許可証を発行する際の根拠となるもので、例えば三級総合医院の場合、ベッド数 500 床以上、衛生技術人員(医師、技師、療法士、薬剤師など)は 1 ベッドあたり少なくとも 1.03 人、看護士は1 ベッドあたり少なくとも 0.4 人などと定められており、診察や治療に必要な医療設備・器具の一つ一つはもちろん、入院患者用の病室の設備だけでも 1 ベッドごとにマットレス 1.2 台、掛布団 1.2 枚、敷布団 1.2 枚、布団カバー2 枚、シーツ 2 枚、枕 2 個、枕カバー4 枚、ベッドサイドのテーブル 1 台、保温ポット 1 個、洗面器 2 個、痰つぼ 1 個、入院着 2 着、ナースコール用ボタン 1 個を備え付けるよう詳細に定められている。日本では高い技術を持つ医師が小さな個人病院を開設しているケースもあるが、中国では医療機関のランクや種別によって行うことができる治療や手術が制限されていることがあるため注意する必要がある。

またもう一つ、病院の立地についても自由に選択できない可能性がある。「医療機構管理条例(医疗机构管理条例)」と同実施細則において、各地の行政部門が地域の医療に対するニーズや既存の医療機関の状況などを考慮して医療機関設置計画を策定するよう定めており、この計画に従う必要があるためだ。

以上のことから、中国で外資独資病院の開設を検討するにあたっては、投資規模や事業計画はもとより、どの医療機構が該当するのか、建設候補地で希望する診療科目が開設できるのか、医療機構基本標準の内容に照らし合わせて病院の規模に応じた設備や人員を用意できるのかなど、幅広い事項の確認と調整が必要になると思われる。

外資独資病院は 2015 年 5 月までに上海だけで11 社、全国では約 30 社が設立を申請しているようだが(非公立医院協会まとめ)、2015 年末時点で開業しているのは、2012 年に開院した台湾資本の上海禾新医院と 2013 年に開院した香港資本の深セン希瑪林順潮眼科医院のみで、ドイツ資本の阿特蒙医院が 2016 年頃までに上海自由貿易試験区での開業を目指すと発表している。

規制が緩和されたにもかかわらず外資独資病院が増えないのは、前述したような複雑な要件に加え、初期投資と運営コストが莫大で参入リスクが大き過ぎるためとみられる。富裕層をターゲットしただけでは儲からず、一般大衆をターゲットにするには社会医療保険で定められた医療報酬しか得られない“定点医療機構”の資格を取らなければならない。その上、外国資本の私立病院は費用が高いというイメージからそもそも来院する患者が少ない。病院への投資をするなら 10 年は赤字覚悟が当たり前との声もある。

4. 医療ツーリズムの拡大

中国の医療ツーリズムは 10 年ほど前に始まり、今では健康診断や人間ドッグはもちろん、慢性病やガンをはじめとする重い病気の治療、リハビリ、美容整形、アンチエイジング、健康増進、リラクゼーションなど様々なものがある。

胡潤百富の「中国ラグジュアリートラベル白書 2015」によれば、医療ツーリズムの経験がある富裕層は 6 割に上る。多くは健康増進やリラックスを目的にしており、海外で健診を受ける人は 3 割に満たないが、治療となると 4 割が海外の病院を選択しており、億万長者クラスでは約 6 割に跳ね上がる。

よく見られるのは健診に数日間の観光を組み合わせた旅行プランだが、最近では慢性病治療やリハビリ、ガン治療のような個人の状況にあわせて設定するプランへのニーズが高まっているという。しかし海外での治療となれば、過去の治療記録の翻訳から、現地での診察、治療方針の相談、治療、服薬指導、術後ケアに至るまで、現地の事情と医療に詳しいサポートスタッフや医療通訳者が必要になるが、中国の旅行業界にそのような人材はごくわずかしかおらず、市場拡大の足かせになっているという。

また健診や治療を受ける先の病院で優先対応や特別待遇が受けられなければ、個人で直接病院に申し込むのと変わらないため、医療ツーリズムを扱う旅行会社の間で海外の権威ある医療機関や関連部門との提携を求める動きもでている。

例えば凱撒旅遊(caissa)は米プレスビティリアン大学病院やがん研有明病院などと提携しているといい、中青国際旅行社は韓国保健福祉部、中国旅行社総社は韓国支社が韓国保健産業振興院とそれぞれ提携しているという。航空会社では、2014 年 11 月に中国南方航空が米ロサンゼルス市政府のほか、ロサンゼルス小児病院、UCLA 医療センターなど 5病院と提携した医療ツーリズム「发现洛杉矶医疗(Discover LA Medical Care)」を発表して積極的な呼び込みを行っている。

こういったツアーは、主に海外旅行を取り扱うことができる旅行会社が販売しているが、医療ツーリズムの取り扱いに関する法律がないため、保険会社やヘルスケアサービス会社などがツアーを行い、ビザや航空券の手配だけ旅行会社に委託していることもある。さらに参加者が富裕層を中心としたごく少数に限られることから、旅行会社の多くはツアーを大々的に宣伝してはいない。営業マンが個別に富裕層の自宅やオフィスを訪れて案内したり、富裕層のコミュニティの中で口コミで広まったりするのだという。

一方で医療や治療ではなく、リラックスや健康増進を目的とした「健康旅行」を売りにしたツアーも出ている。単なる温泉旅行ではなく、体に良いとされる食事が楽しめたり、専門家の指導の下でダイエットを行ったりと、人とは違う体験をしてみたいリピーターを狙ったものだ。こちらは中間層まで幅広くターゲットにしており、旅行業界では次の成長分野として注目が集まっている。

クララオンライン コンサルティング事業部

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