1. 宅配便業界の悩みは同じ
急増する荷物と人手不足で悲鳴を上げているのは、日本の宅配便業界だけではない。 中国でも人手不足は深刻で、荷物がさばききれないために営業所の倒産騒ぎまで起きて いる。
まず日本の宅配便市場をみると、2016 年(H28)の宅配便の取扱個数は前年比約 3%増 の 38 億 6,930 万個に上った。前年の 2015 年は 37 億 4,500 万個で、宅配便サービス別 ではヤマト運輸の宅急便が 17 億 3,126 万個、佐川急便の飛脚宅配便が 11 億 9,830 万 個で、それぞれ全体の 46.7%と 32.3%を占めている(いずれも国土交通省まとめ)。
ヤマト運輸の場合、送料の平均単価は 2015 年 3 月期が 595 円、2016 年 3 月期が 578 円で、2017 年 3 月期(ただし 2016 年 4 月~2016 年 12 月末の試算)が 556 円と下落する傾向にある。
一方の中国では、2016 年の宅配便(中国語では「快逓」)の取扱個数は前年比 51.7%増 の 313 億 5,000 万個に上った。全世界の宅配便取扱数は年間 700 億件ほどだが、中国 がその 4 割強を占める。
荷物の差出地域は 80.9%が東部からで、荷主であるネットショップの多くが東部エリ アに集中していることがわかる。また宛先は市外が 74.3%を占めている。
宅配会社を含む物流会社は、2016年時点で全国に8,000社以上あると言われている。
申通快逓(sto express)のデータであるが、送料の平均単価は市外宛てで約8元(約130円)、 うちコストが 6.6 元だという。中国の宅配便業界はすでに深刻な人手不足に陥っている が、政府の 5 カ年計画では、2020 年までに取扱数 700 億個、総売上 8,000 億元の目標 が掲げられている。
2. 中国の宅配便は“宅”配ではない
日本では自宅に届けてもらうが、中国では勤務先(学生ならば学校宛て)に届けてもらうのが一般的だ。これは国有企業の時代に(一部では今でも)、農民以外の大半の人が職場の敷地内にある住居で暮らしていたために、「職場=自宅」となっていたことの名残りだとも言われるが、住宅地図の整備が追い付いていないため宛先の特定が容易でないことや、荷物が多すぎて自宅まで配達する手間がかけられない、職場の方が確実に受け取ることができて便利だといった理由もあるだろう。
筆者が中国在住当時は今よりも送料が高かったためか、送料無料になるよう数人の同僚でまとめて注文していた。荷物が届 いたら仕事は一時中断でファッションショーが始まるのが常だったが、勤務先に届くからこそ、他の同僚に買ったものを見せびらかし、お互いに買い物上手だなんだと賑やかにコミュニケーションがとれるわけで、そういった意味でも中国の事情に合ったスタイ ルなのかもしれない。
さて弊社の中国オフィスがある北京のビルでも、通常荷物は直接オフィスの受付に届 けられる。もし休みで受け取る人がいなかったり、何か事情があったりする場合には、 ビル下にある宅配ロッカーに預けられる。
荷物を受け取る際には、預け入れ時にショートメッセージで送られてきたパスワード を入力するか、微信(WeChat)の二次元バーコードを使って、ロッカーを開ける。この宅配ロッカー「豊巣(HIVE BOX)」は、順豊、申通、中通、韵達といった宅配大手が 2015 年 6 月に共同で設立した宅配ロッカー会社が運営するもので、都市部のオフィスビル近辺 や駅周辺、マンションなどを中心に設置されている。2016 年末時点で全国 70 都市以上 に 4 万台のロッカーがあるという。同様の宅配ロッカーサービスは複数あり、EC 最大手の阿里巴巴(アリババ)グループを中心に設立された「菜鳥(CAINIAO)」の宅配ロッカー も全国に 5 万台以上ある。
一方、学校やマンション宛ての場合、大抵は配達員が敷地内に入ることができないため、外から電話やショートメッセージで受け取りに来るよう呼び出される。不在等で受け取れなければ、守衛室や管理人室、あるいは付近の代収点(代理で荷物を受け取り保管 してくれる拠点)に預けられることが多い。守衛室や管理人室で預かった荷物は、守衛さんが直接受取人に電話やショートメールで連絡したり、学校ならば担任の先生を通じて受け取りに来るよう連絡したりするようだ。
代収点も同様に本人に荷物がある旨の連絡をしてくれるが、受け取りの際には 1~2 元 の手数料を取る。小さな雑貨店やコンビニが兼業していたり、専用店舗だったりと様々だが、店内や道端に荷物を並べておいて、自分の荷物は自分で探すスタイルが一般的だ。 受け取り時の本人確認がずさんで、他人に荷物を盗まれるトラブルも発生している。
最近では学生が代収点を起業するケースが多く、手数料だけで毎日 300 元以上稼げるのだという。さらには、依頼者の荷物を代収点からピックアップして大学内の寮の部屋まで届けるという、なんだか“使いっぱしり”のようなビジネスまで誕生している。
3. 人手不足で倒産騒動も
中国の宅配便事業者の多くはフランチャイズ方式で全国にネットワークを広げている。しかし、ここ 1-2 年で急激に加盟店が増えたことで、他社との間だけでなく同じ事業者の加盟店どうしでも競争が激化し、サービスの質の低下を招いている。
大手宅配会社の一つである圓通快逓 (YTO)では、北京市内の営業所の倒産騒ぎ が起きている。今年 2 月、あるネットユ ーザーが北京花園橋営業所に荷物の受け取りに行ってみると、元従業員と思われる人々が賃金の支払いを求めて抗議しているところだったという。営業所が倒産したと思い込んだユーザーが、その様子を収めた写真を微博(WeiBo)に投稿したところ一気に拡散。圓通が慌てて声明を発 表し、問題の営業所は加盟店のサービス基準を満たしていなかったため整理した等と説明する事態となった。
また申通快逓でも今年 2 月、上海卢湾公 司が資金繰りの悪化を理由に倒産し、4,000 個あまりの荷物が放置されたままになっていると報道された。ほかにも複数 の拠点が、あまりの荷物の多さにパンク状態にあるという。人手不足から配達が遅れれば苦情が増えるが、苦情が増えれば本部からの罰金が増え、罰金が増えて経営が苦しくなれば人手も雇えない。どこの加盟店も毎月 5,000-6,000 元の罰金を取られているはずだと明かすオーナーもいる。
では、配達員はどこへ行ってしまったのか。阿里研究院と北京大学等の調べによれば、 2016 年時点で宅配便業界に従事する人は全国に 203.3 万人いる。このうち末端の配達 員は 118.3 万人だ。配達員の多くは 20-30 代の男性で、およそ 8 割が農村出身者だという。学歴も中学、中等専業学校、高校卒業程度で、賃金は毎年8-10%のペースで上昇しているが全体の 5 割が 2,000-4,000 元となっている。これには歩合給も含まれ、おおむね配達 1 個につき 1 元、集荷 1 個につき 3-5 元がもらえるようだ。しかし大半の人 が 3 年以内に辞めてしまう状況となっている。
建設現場などで働く出稼ぎ農民の賃金が月 5,000 元ほど、四年制大学の新卒給与の平均が 4,000 元ほど(北京や上海では 5,000 元以上、中部や西部地域では 2,800 元前後と開きがある)であることを考えればまずまずといった気もするが、さらに良い条件を求 めて、元配達員達は今“デリバリースタッフ”に転身を遂げている。
中国ではこの 1-2 年ほどの間にフード デリバリーサービスが一気に普及した。 デリバリー注文アプリが登場し、昼食などを手軽に注文できるようになったため だ。レストランが雇用しているデリバリースタッフもいれば、アプリのサービス 会社に所属して、契約するレストランか らの依頼に応じて配達を行うスタッフもいる。デリバリースタッフの賃金は、基本給が 2,500 元以上、毎月の配達件数が 300 件以上で 1 件につき 5-8 元の上乗せ、500 件以上でさらにボーナスがあり、毎月 4,000-7,000 元の収入が得られるという。 しかも労働時間は毎日決まっており、宅 配便の配達ほど辛くないのだそうだ。
4. 課題は多いが、スピード感は見習うべき
中国の宅配便業界の課題は、賃金水準が低く、人手が足りないことだけではない。加盟店の管理が十分でなく、代収点に至っては管理が全くされていないに等しいこと、配達員やカスタマーサービススタッフの教育ができていないこと、物流全般の管理システムの改善が急務であること。また多くの都市で大型トラックの走行が規制されていることから物流に支障をきたしており、早急な法令の改善が必要なこと等が挙げられる。
一方、中国では新たなイノベーションが次々に誕生し、すぐに普及するスピード感がある。宅配ロッカーなどが良い例だ。ドローンによる無人配送も 2016 年から本格的に試験が始まっている。サービスの良さで定評のある順豊は、中国国内の複数のドローンメーカーに出資しており、将来は数万台のドローンを使った配送を行う計画があると伝えられる。
EC プラットフォー ム大手の京東(JD)は今年 2 月、陝西省政府と半径 300 キロメートルの範囲内における低空通航物流網の構築に関する戦略的 協力協議に合意。同省内にドローン専用発着場を 100 カ所新設する計画で、5 年以内に既存の西安市及び周辺住民の 80%が恩恵を受けられるのだという。そのスピード感はなかなか真似できるものではないが、中国における様々な取り組みは日本の宅配便業界を救うヒントになりそうだ。