1. 食の安全を重視するようになった中国
中国では食品の安全性に関するニュースがよく話題になる。過去に遡ってみると度々大きな事件が話題となっている。例えば、日本でも被害者が出た中国産冷凍餃子による薬物中毒事件(2007 年)、捏造だともいわれた段ボール肉まん事件(2007 年)、粉ミルクのメラミン混入事件(2008 年)、排水溝の廃油を食用として加工販売していた地溝油事件(2010 年)、カドミウム汚染米事件(2011 年)などが挙げられる。
ニュースになるような突発的な事件は別にして、普段の生活で気になるのは残留農薬の問題だ。筆者が中国に来て驚いたことの一つは、農薬を落とすために野菜や果物を洗剤で洗うということだった。ちなみに筆者の友人に、実家がキウイフルーツを作っている農家だという子がいるが、彼女はキウイフルーツを食べない。なぜかと聞いたら、大量の農薬を使っているのをずっと見ていたので、彼女の家族も彼女自身もキウイフルーツを絶対食べたくないのだという。今現在は農薬の使用に関して厳しい法律ができてきたので、昔ほど農薬まみれの食品が市場に出ることはないとされる。しかし今でも中国の家庭では、水をはった洗面器に専用の洗剤を入れ、野菜や果物を念入りに洗っている。そして野菜は生では食べず、必ず加熱調理して食べている。
中国政府は食品に関する問題が持ち上がるたびに様々な措置を取って解決してきたが、国民の側も問題がクローズアップされるたびに、食の安全がいかに重要かがわかってきたようだ。また生活が豊かになり、健康に対して留意する余裕も出てきたことから、より安全な食品を選んだり、飲食店の衛生状況に気を付けたりするなど、事前に対処することができるようになってきた。
このような背景を持つ中国で「有機野菜」が認知され始めたのは、2008 年の北京オリンピック開催の数年前からだ。日本からもアサヒホールディングスやパナソニック、みくりやグループなどの大手企業をはじめ、数多くの中小企業、NGO などの団体、個人が中国で野菜や果物の有機栽培を始めた。
2. 有機野菜が購入できるファーマーズマーケット
北京には 10 年以上も続く有機野菜のファーマーズマーケットがある。始まりは日本人のアーティストの女性が有機栽培農家と協力して開催した、食がテーマのイベントだった。次第にボランティアで協力する人が集まり、有機農業の知識を広めるためのワークショップやトークイベントなどが開かれ、ファーマーズマーケットは農家と消費者が交流する場へと発展していった。ファーマーズマーケットの微博(Weibo)アカウントのフォロワー数は 11 万人に上る。
新型コロナウイルスの感染拡大前には、北京近郊の農家が約 50 戸参加し、野菜以外にもオーガニックのチーズや豆腐、石鹸などを販売していた。現在はイベントこそ自粛しているものの、ファーマーズマーケットは三里屯にあるショッピングモールの那里花園で毎週火曜日に、さらに三元橋でも月 2 回開催している。三里屯と三元橋はいずれも外国人や富裕層が多く住むエリアだ。なお感染防止のために北京郊外の一部地域が封鎖されたことで市内に入れない農家も多く、マーケットに参加する農家は以前の半分以下に減っているという。
3. 有機野菜の宅配販売サービス
北京北部にある有機農場「阿蘭諾農園(アランヌオ農園)」は、日本のジャパンバイオファームの小祝農法を取り入れた無農薬、無化学肥料、循環型農法での野菜作りを行っている。農園の経営者は日本留学経験があるモンゴル族の男性で、2 年かけて土づくりを行い、2011 年 5 月から有機野菜の宅配サービスを行っている。
阿蘭諾農園の宅配サービスは、毎週 1 回およそ 3 ㎏の有機野菜(5~8 種類)を配送するプランで 1 カ月 398 元(約 6,500 円)だ。野菜は季節に応じて白菜、キャベツ、大根、ニンジン、ジャガイモ、チンゲン菜、赤かぶ、りんご、カボチャなどがある。
このほか、キャンペーンの年間プランは 9,980 元(約 16 万円)で、有機野菜 4 ㎏の配送 80 回、新商品のお試し 12 回、農園体験(4 人分)4 回などが含まれている。有機野菜の単品での価格は、リンゴが 3 ㎏で 70 元(約 1,140 円)、カブが 2.5 ㎏で 68 元(約 1,100 円)、白菜が 5 ㎏で 88 元(約 1,430 円)となっている。有機栽培ではない普通の白菜の値段は 5 ㎏で 10~20 元くらいだから 4~8 倍くらい高い。
阿蘭諾農園のオーナーによれば、農園を始めた当時は中国に有機農園はほとんどなく、人々の有機野菜に対する意識も高くなかったという。しかし最近は有機農園も増え、食の安全を気にする人が増えたことで有機野菜への関心は以前より高まっている。とりわけコロナ禍で、体に良いものを取り入れ、免疫力を高めようという意識も強まっているようだ。実際、宅配サービスの新規購入者はこれからママになる人が多く、主な顧客は30~40 歳代の女性だという。
農園のオーナーは、「有機野菜は昔ながらの方法で、農薬や肥料を使わずに育てているので、収穫量が少ない。しかし、きちんと育てた本物の有機野菜は、健康的で美しく、安全で、美味しく、栄養価も高い」と胸を張る。しかし実際には有機農園の存続はあまり芳しくないのだという。有機野菜は価格が高いため、健康にいいとわかっていても一般の家庭が購入を続けるのは困難だからだ。
また北京の有機野菜の未来については、「これからの時代は、有機野菜と予防医学の融合を核とした健康づくりが求められている。しかし有機野菜は生産量が少なく限られた資源となっており、北京市民全員に本物の有機野菜を食べさせることは不可能だ」と話す。有機農業がさらに発展するためには、人材を育成し、業界全体をアップグレードする必要があると考えているそうだ。
翻って、有機野菜の宅配サービスを利用している筆者の知人に話を聞いてみると、「多くのスーパーで有機野菜を販売しているのを見かけるが、本当に有機栽培なのかはわからない。いつも信頼のおける有機農園からオンラインで購入している」とのことだった。スーパーで買ったものは味が違い、長持ちしないのだという。
また、有機野菜が体にいいことはみんな知っているが、普通の人は値段が高いので時々しか買うことができないと話す。長期的に購入しているのはお金に余裕がある富裕層で、妊娠中の女性や小さな子供がいる家庭、高齢者が必要に応じて一定期間購入しており、若者は一種のカルチャーとして有機野菜を購入しているようだと教えてくれた。
北京の有機野菜の未来については、「良い政策で、合理的な規制ができれば、生産量が増えて価格が下がり、有機野菜を購入する人が増えると思う」と話す。今は有機農園が増えるにつれて競争が激しくなっており、きちんと検査を受けた“本物の有機野菜”を育てている農園ほど、値下げ合戦で経営が苦しくなるという悪循環に陥っているという。
コロナ禍では農園訪問もできないが、今流行のライブコマースで有機野菜や農園の宣伝をして、皆がもっと理解を深めるといいと話していた。他にも、有機野菜の宅配サービスは注文の翌日に届くのでとても便利だという声もあった。有機野菜は口当たりがよく、水分も多く、新鮮で 10 日間位長持ちするという。スーパーで買った有機野菜は普通の野菜との違いがわからなかったので、今はオンラインでしか購入しないという人もいた。
4. 北京で有機野菜を購入するには
有機野菜の購入方法は簡単だ。少し大型のスーパーの生鮮食品売り場には必ず野菜と有機野菜が同じフロアで販売されている。品揃えも豊富だ。また、店舗に足を運ばなくても、各大手スーパーの微信(WeChat)の公式アカウントやミニプログラム、アプリなどでオンライン購入でき、自宅へ 30 分以内に配達してくれるサービスもある。
大手スーパーでの購入以外には、有機農園から直接購入して配達してもらう方法がある。また先に紹介したように、数十戸の有機農園の作り手が集まって定期的に開催しているファーマーズマーケットも人気だ。生産者の顔が見え、交流を楽しみながらショッピングできるのでリピーターも多い。紹介した三里屯や三元橋のほか、市内の各地で頻繁に開催されている。
北京には有機野菜を使った料理を出すレストランも多い。中国各地の郷土料理をオーガニック食材で作っている「四四慢食」のほか、「Green Option」、「TRIBE 有機餐厅」、「珍愛時刻・BOTANICA 植物園餐厅」、「素鮮有機素食主題餐厅」、「単太大緑牛珈琲」などが有名だ。こだわりの店が多く、若者を中心に人気となっている。自社農園を持ち、有機野菜を自社で生産して提供する日本料理レストランもある。
5. 今後の展望
ここまで紹介してきたように、有機野菜が安全で体にいいということは広く認知されている。ただ高級なイメージもあり、一般庶民にとってはまだまだ高嶺の花で、贈答用に包装された有機食品もあるほどだ。
中国政府は年初に「2021 年は農業が大きく変わることになる」と発表した。中国の生態系を保護し、有機肥料を増やし、化学肥料を減らして、食の安全戦略を実施するという方針を定めている。今回の発表では触れていないが、中国で急ピッチで技術革新が進められている宇宙技術、AI、ブロックチェーン、ドローンなどの最先端技術が、近い将来農業分野へ応用されることは想像に難くない。中国の変化の速度は早い。数年後には有機野菜の栽培コストも下がり、皆が安心安全な有機野菜を普通に食べられる世の中になっているかもしれない。
6. 参考
① 「食品安全法」第 49 条
食用農産物の生産者は、農薬、肥料、家畜用医薬品、飼料および飼料添加物などの農業投入物を食品安全基準および関連する国の規則に従って使用し、農業投入物の使用の安全な間隔または休息期間に関する規定を厳格に実施しなければならず、国が明示的に禁止している農業投入物を使用してはならない。 野菜、メロン、果物、茶、ハーブその他国が指定する作物への毒性の強い農薬の使用は禁止されている。食用農産物の生産者及び農業者職業協同組合経済団体は、農業投入物の使用に関する記録制度を確立しなければならない。県レベル以上の人民政府の農業行政部門は、農業投入物の使用に関する監督、管理、指導を強化し、農業投入物を安全に使用するための健全なシステムを確立しなければならない。
このほか、「農産物の品質安全法」、「2020 年の農産物品質安全作業要点」、「有機製品の認証管理のための措置」などが参考になる。
② 有機農産物の認証規格
中国国内で生産された農産物が対象となる。
有機認証規格 GB/T 19630.1-2005 – GB/T 19630.4-2005
中国食品農産品認証情報システム http://food.cnca.cn/
「有機産品認証実施規則」
http://www.cnca.gov.cn/zw/gg/gg2019/202007/t20200714_59702.shtml
③ 有機食品の認証
「有機産品認証管理弁法」
http://www.gov.cn/gongbao/content/2014/content_2574743.htm
有機食品の認証範囲には、栽培、養殖、加工の全過程が含まれている。有機食品認証の一般的な手続きは、生産者が認証機関に申請し、有機的な生産・加工に沿った認証資料を提出し、認証機関が評価・立入検査を行った後、認証機関が承認する。