1. 化粧の習慣が始まったばかりの中国
中国のコスメ・化粧品市場はこの 5 年間で急成長を遂げており、市場規模は 2014 年の 224.6 億元から 2019 年は 450.2 億元とほぼ 2 倍に拡大している。つい 10 年ほど前まで、学生はもちろん、仕事をする女性でもメイクをしている人はごくわずかしかいなかったが、最近は若い女性を中心にメイクする人が増えており、日本でも中国女性のメイク方法を「チャイボーグメイク」、「中華メイク」と呼んで注目を集めている。
中国女性の間で急に化粧品やメイクアップへの関心が高まった理由は、経済成長による収入増加で化粧品を購入する余裕が生まれたことはもちろん、SNS や EC の成長で美容系のインフルエンサーが登場し、化粧品やメイクアップに関する情報が圧倒的に増えたこと、中国の巨大市場を狙って海外の大手化粧品メーカーが積極的にイベントを開催したこと、市場の拡大を見越してコスメ・化粧品を扱う店舗やネットショップが増加したこと等が挙げられる。
一昔前のまだ北京でメイクをした女性があまりいなかった頃、北京で化粧品を購入しようと思うと、デパートの化粧品売り場に行くのが一般的だった。資生堂やロレアルといった有名化粧品ブランドのカウンターを訪れ、美容部員の説明を聞いて、アイテムごとの使い方を教わり、店頭で実際に試してから購入を検討するというスタイルだった。というのも、当時は化粧品やメイク方法に関する情報を得る手段が少なく、美容部員から直接教えてもらうしかなかったからだ。
その後 EC が一般に普及しはじめ、大手 EC サイトでも化粧品が購入できるようになった。わざわざ都会のデパートまで出かける必要もなく、より安い値段で化粧品が手に入るようになったが、2016 年ごろまでは出店者・販売者に対する審査が今ほど厳格に行われていなかったため、偽物も多く出回っていた。そのため化粧品やメイクアップに興味はあっても、デパートの化粧品カウンターは価格や雰囲気に気後れしてしまい、かといって EC は信用できず、「化粧は肌に悪い」と言って何もしない人もまだまだ多かった。
2. 老舗ワトソンズがコスメを身近なものに
そんな中国のコスメ黎明期の壁を最初に壊したのが、中国では老舗のドラックストアチェーン「ワトソンズ(屈臣氏)」だ。中国のドラッグストアには医薬品を中心に扱う「薬店」と化粧品やトイレタリー商品を中心に扱う「薬粧店」があり、ワトソンズは後者にあたる。現在は全国に約 4,000 店、北京市内だけでも約 220 店を展開している。
ワトソンズは 2017 年に新しい CEO が就任しのを機に店舗改革に着手し、既存の店舗に海外ブランドの化粧品やスキンケア商品のコーナーを常設した。さらに翌 2018年には、フランスの化粧品メーカー「ロレアル」と共同でコスメ・化粧品に特化した店舗ブランド「Colorlab by Watsons」を出店した。
一般の消費者にとって身近なドラッグストアだったワトソンズで、実際に商品を確かめて、説明を聞いてから購入できるようになったことは、中国の美容・化粧品業界にとって一つのエポックメイキングだった。実際、2015 年から落ち込んでいたワトソンズグループの中国での業績は、この店舗改革を機に回復しているといい、2019 年のグループ全体の売上は約 248.93 億元に上った。
ワトソンズと Colorlab by Watsons は、いずれも複数のブランド・メーカーのコスメを扱っており、輸入品も多いことから商品の価格帯は比較的高い。しかし店内に入ると知識豊富な専門スタッフが積極的に声をかけてくれ、様々なコスメの説明を丁寧にしてくれる。デパートの化粧品売り場には行きにくいと感じていた人でも、ここでなら気軽に相談できるような雰囲気がある。
また店内にはテスターや鏡だけでなく AR スマートミラーもあり、実際に肌に塗らなくても大まかなイメージを確認することができる。筆者が来店した際には、来店客のほとんどは大人の女性で、スキンケアやコスメのコーナーでスタッフの説明を受けている人が多かった。
3. 積極的に接客しないコスメショップが登場
ワトソンズを追う形で最近話題となっているが、国内外の様々なブランド・メーカーのコスメを扱っている「THE COLORIST 調色師」だ。2019 年 10 月に広州市と深セン市に 2 店舗同時にオープンして以来、現在までに全国に 60 店舗以上、北京市内にも8 店舗を展開する。
THE COLORIST 調色師は14歳から 35 歳をターゲットにしているが、ワトソンズとは違い客側が声をかけない限り、スタッフが接客を行わないという特徴がある。すでに目当ての商品が決まっている人や SNS でクチコミを検索しながらじっくり商品を選びたい人に向いているだろう。品揃えは、日本のキャンメイクをはじめとするリーズナブルで高品質なプチプラコスメが比較的多い印象がある。
美容情報が多く集まるソーシャル EC アプリの「小紅書(RED)」でも THE COLORIST調色師は話題で、2020 年 1 月に北京 1 号店がオープンするにあたって小紅書で“バズった”結果、オープン初日の売上が約 20 万元(約 310 万円)に達したという。
同じように接客しないタイプのコスメショップでは、2020 年 1 月に誕生した中国コスメの専門ショップ「WOW COLOUR」も人気だ。2020 年秋にニューヨーク証券取引所に上場したことで知られる日本風生活雑貨チェーンの「名創優品(MINISO)」とは同じグループ会社に属しており、現在は北京市内だけで 6 店舗を展開する。
WOW COLOUR の店内に並ぶのは中国ブランドの商品が中心で、大半がいわゆるプチプラコスメだ。THE COLORIST 調色師と同様に、客側から声をかけない限りスタッフは接客しない。メインターゲットは 18 歳から 29 歳で、小紅書などの SNS を積極的に活用したマーケティングを展開している。
4. デパコスをリーズナブルな価格で売る倉庫型ショップ
北京の若者に人気なのはプチプラコスメだけではない。デパートで販売されている“デパコス”を定価より安く販売する倉庫型コスメショップ「HARMAY(話梅)」も注目を集めている。HARMAY は 2008 年から大手 EC サイト「タオバオ」に出店しているコスメ専門ショップで、2017 年からリアル店舗の展開を始めた。いずれの店舗も流行に敏感な若者が集まるエリアを狙って出店しており、北京では 2019 年 10 月に三里屯店がオープンしている。
この北京三里屯店は、上海店のおよそ 3 倍の売り場面積をもつ。1 階はコスメ、2 階はスキンケア用品や香水の売り場となっており、価格帯は幅広く 10 元くらいのものもあれば、1,000 元以上する高級ブランドのアイテムもある。各ブランドの専門店よりは2 割ほど安いというが、免税店よりは高い設定になっている。
また HARMAY では、同じ商品ならば店舗で買ってもネットショップで買っても同じ値段になっている。リアル店舗はオンラインショップの倉庫としての役割も担っており、ネットショップの注文は購入者の最寄りにあるリアル店舗から発送されている。
なお、HARMAY がデパコスを安く販売できる理由は、卸売業者を通じて大量に仕入れをしているためだ。同社の仕入れ責任者はメディアのインタビューに対して、ほとんどのブランドで販売代理権は持っていないことを明かしている。
5. 大手家電 EC もコスメに特化したショップを出店
大手家電 EC の「蘇寧易購(suning)」が 2018 年から展開するライフスタイルブランド「蘇寧極物(JIWU)」で、このほどコスメ・化粧品に特化した店舗が登場した。蘇寧のリアル店舗内に併設する形で 25 店舗ほどを展開しており、2020 年 9 月末にオープンした北京店もコスメ・化粧品に特化した店づくりをしている。
ターゲットは中国のインターネット消費の中核を担う 20~30 代の品質を重視する層だ。北京店の店頭に並ぶコスメ・化粧品の多くは海外ブランドの輸入品で、他店や ECでも大ヒット商品・大人気商品とされるアイテムが厳選されている。ゆえに美容系 SNSでは、THE COLORIST 調色師や WOW COLOUR のような品揃え豊富な店に比べて、選択肢が少なく物足りないといった声も出ている。
蘇寧の蒋攀副社長は新華社のインタビューに対し、「蘇寧極物のリアル店舗のおかげで、オンラインの売上も伸びている」と答えており、南京新街口店がオープンしたことで、オンラインの売上は 3 カ月後に 25%増加したという。リアル店舗で実物を見て試したことがきっかけでオンライン店舗での購入につながるのは、家電もコスメも同じようだ。蘇寧はコスメ・化粧品に特化した店舗の出店を加速する計画を明らかにしている。