ASEAN の 3 億人がターゲット!ハラル入門

目次

1. ムスリムという巨大マーケット

イスラム教徒(ムスリム)の人口は 2010 年に 16 億人を超え、世界人口の約 23%を占めている。今後もアジアを中心にムスリム人口は増加し、2020 年には約 19 億人、2030年には約 22 億人、2050 年には世界の人口の 4 人に 1 人がムスリムになるという推計もある。現在ムスリムの約 62%が東南アジア地域に住んでおり、なかでもインドネシアのムスリム人口は 2 億人を超えて世界最大の規模となっている。

出典: Pew Research Center Muslim Population by Country 2011.1
http://www.pewforum.org/2011/01/27/table-muslim-population-by-country/

イスラム圏では、イスラム教の戒律に沿った適正な方法で生産・処理されたことを示す「ハラル(HALAL、ハラール)認証制度」が確立しており、ハラル製品の市場規模は 2005年時点で 2 兆 1000 億ドルに達している。対象となる製品は食品・飲料のほか、医薬品、トイレタリー製品、アパレル、化粧品、外食、流通・運送など多岐にわたっており、ゲーム、映画、マンガ、広告といった分野においても、イスラムの教えに反した内容が含まれていないことの証明として使われている。ムスリム人口の世界的な増加に加え、ハラルの適用分野が広がりを続けていることから、ハラルマーケットは今後さらに拡大する見通しだ。

2. ハラル認証と消費者意識

ハラル認証は世界各国のハラル認証機関がそれぞれ独自の基準を元に認証を行っており、許可を受けた製品には右のようなハラル認証マークを表示することができる。なかでもマレーシアの政府機関、マレーシア・イスラム開発局(JAKIM)による認証は信頼性が高く、世界 49 カ国に認められている。

どれだけハラルを重視するかは、同じムスリムであっても宗派、居住地域、性別や年齢、家族の習慣などによって異なるが、東南アジア諸国のように多民族が居住する地域ではハラルマークがハラルかそうでない商品かを見分けるための目印となっている。ある調査によれば、ムスリムの消費者は同じ商品でも 15%程度までの上乗せならば、ハラルマークのあるものを積極的に選ぶ傾向があるという。

またハラル認証は後にみるように取得に際して厳しい審査を行っていることから、ムスリムでない消費者にとっても「衛生的で安心安全な商品」であることの目印となっている。ハラル製品が多く流通している欧米諸国では、その健康的で高品質なイメージからハラル製品を積極的に購入する消費者層も生まれていると聞かれる。

3. ハラル認証の取得

ムスリムマーケットに参入するためのパスポートとしての役割を担うハラルマークだが、取得には厳しい審査をクリアする必要がある。

世界で唯一政府機関が認証を行っているマレーシアでは、ハラルに関連した規格がきちんと標準化され分野別に定められている。ハラル製品の中心となる食品の場合、生産から流通の工程だけでなく、原材料の一つ一つが全てハラルである必要がある(必ずしもハラル認証を取得している必要はない)。認証手続きは、原材料の成分表や製造工程の説明書類などの申請書類を揃えて提出したのち、書類審査に合格すると工場や事業所の現場監査が行われる。監査はイスラム法の専門家(聖職者)と食品化学の専門家など 2 人以上によって、実際の原材料やその保管場所、製造工程、製造機械や器具、品質管理状況、宣伝広告の内容までもが細かくチェックされる。

食品の場合は衛生管理認証 HACCPや適正製造規範(GMP)の基準と合致する部分が多く、すでにこれらの認証を取得している企業では申請から最短 2 週間ほどで取得できるが、一般的には取得まで半年から 1 年ほどかかるようだ。なお取得後も年に数回の抜き打ち検査と認証の更新手続きが必要となり、社内にムスリムの従業員を中心とした内部監査委員会を設置する必要がある。

参考までに JAKIM による認証費用は以下の通りとなっている。マレーシア国内の拠点のみならず、日本国内の拠点についても認証を取得することが可能だ。

国際申請

・登録費用:1申請あたり100米ドル

・認証費用:1申請1年あたり1000米ドル

・現地監査費(監査員の交通費・宿泊費などの実費)

出典:HALAL MALAYSIA 2014.6

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マレーシアは国家戦略としてハラルビジネスに取り組んでおり、ハラル産業に関連した企業のみが入居できる工業団地「ハラルパーク」を国内に 17 カ所設けている。ハラルパークでは 10 年間の法人税免除、輸入税の免除といった優遇措置のほか、ハラル対応原材料の仕入れ先および販売先の斡旋など手厚い待遇を用意しており、日系企業の誘致も積極的に行っている。しかし、世界最大のムスリム人口を持つインドネシアでは自国の認証「LPPOM-MUI」しか認めておらず、JAKIM のハラル認証が必ずしも万能というわけではない。また国によって認証に関わる規格や費用が異なっているため注意が必要だ。

4. ハラルマーケットに関心を持ったら

(1) アウトバウンド・・・中長期的なビジネス展開を視野に入れた対応を

食品を含む各種製造業の場合、ハラル認証の取得に際しては他のイスラム圏への進出(ハラル製品の輸出)を含む中長期的なビジネス展開を考えた上で、どの国の機関で認証を取得するのか十分に検討する必要がある。ハラルマーケットへの参入にはハラル認証が欠かせないが、例え日本国内で認証を取得しても、進出先の国で正式に認められていない場合には、現地で新たに認証を取得することになる。

また日本ではいまだハラルに対する認識が十分でないため、申請にあたって原材料一つ一つの成分調査書を取り寄せるだけでも大変だ。場合によってはハラル対応の原料に置き換える必要もあるだろう。ハラル専用の製造ラインや保管場所を新たに確保したり、ムスリムでなければできない作業については、新たに従業員を雇用する必要もある。よって食品や化粧品などの製造業の場合、現地工場を設けることも考慮したい。特に“ハラルハブ”を目指すマレーシア、インドネシア、トルコ、UAE は、優遇政策のあるハラル工業団地(ハラルパーク)を設けるなどしており、日系企業の誘致にも積極的だ。

(2)インバウンド・・・まずはできるところから

アジアから日本を訪れる観光客は増加の一途をたどっており、特にイスラム圏からの観光客を呼び込むための対策が急務となっている。ハラル認証を取得するのが最善ではあるが、まずはムスリムが訪日の際に懸念する二大事項「食事」と「礼拝施設」について“ムスリムフレンドリー”のレベルを目指したい。具体的にはレストランに英語で食材を明記したメニューを置く、専用の調理器具を用意して豚肉やアルコールを含まないメニューを揃える、礼拝用の部屋を準備する、お土産として喜ばれるハラル対応商品を取りそろえる、近くのモスクやハラル対応の食事ができる店を案内できるようにする、などが考えられる。いずれも自店の対応内容をわかりやすく明示するのが重要だ。

また日本の実情に合わせてローカライズした“日本版ハラル認証”を整備する動きも出ている。マレーシア出身のムスリムが設立したマレーシアハラルコーポレーション株式会社(http://www.mhalalc.jp)では“ローカルハラル認証”の普及を進めており、具体的には①従業員のイスラム研修及びムスリム受け入れ態勢の整備、②ハラル専用の食器・什器・調理器具の購入および食材保管スペースの確保、③ハラル食品の仕入れ先の選定および販路の確立、④ハラルメニューの作成、といった日本の環境でも実現できる水準で認証を与えている。このほかいくつかの NPO 団体などが独自のハラル認証を行ったり、ムスリムフレンドリー化に向けたアドバイスを行っているので、予算にあわせて利用するのもよいだろう。

5. エンターテインメント・IT 分野における状況

ゲームやアニメ・マンガといったエンターテインメント産業や IT 産業でも、ハラルへの配慮は欠かせない。イスラム教で禁忌としているアルコールや賭博に関する内容が含まれていれば、発禁はもちろん処罰の対象になるためだ。すでに子供向けの DVD などでハラルマークがついている例もあると聞くが、エンターテインメント分野に対するハラル規格はまだ整備が十分でない。しかしハラルの対象が広がりつつある現状を鑑みれば、ゲームやアニメ、漫画の単行本に目印としてハラルマークが使われるようになる可能性は高い。イスラム圏での展開にあたっては、幅広いターゲットを確保するためにも進んで現地の認証機関に取得の可否を問い合わせてみるとよいだろう。

これまでに禁止された例として、古くは 2001年に「ポケットモンスター」がカード交換はギャンブルにあたる、キャラクターの成長は進化論に通ずる、などの理由からアラブ諸国で関連商品が販売禁止になっている。最近では 2014 年 3月にマレーシアで現地の出版社が独自に編集・発行したウルトラマンのマレー語版コミック「ウルトラマン ザ・ウルトラ・パワー」が発禁になったばかりだ。これについては当局が「ウルトラマン自体に問題はない。アラーと同等にみなすような表記が問題だ」とコメントしており、単純な翻訳ミスが原因だったことが明らかになっている。

朝日新聞 2001 年 4 月 6 日付

インターネットや通信の分野では、ハラル認証製品の情報が検索できるインドネシア発の Android アプリ「Pro Halal MUI」が現地のムスリムに人気となっている。2014 年 2月時点で 96 社の計 4938 品目に及ぶハラル製品のバーコードが登録されており、スマートフォンのカメラでバーコードを読み取れば、当該商品がすぐにハラルか否かを知ることができる。

HijUp のトップ画面 世界 190 の国と地域に発送している

EC の分野では、ハラルフードやハラル対応の化粧品だけを取扱うショッピングサイトのほか、ムスリムの女性をターゲットにしたファッションサイトが売上を伸ばしている。2011 年に誕生したインドネシアの EC サイト「HijUp」(http://hijup.com)は、ベールやスカーフ、カジュアルウェア、スポーツウェアなど様々なムスリムファッションを扱っており、使用する素材自体に品質証明としてハラル認証が付いている商品もある。Facebook や Twitter などを使った情報発信にも積極的で、ムスリムファッションが手に入りにくいイスラム圏以外に住むムスリム女性の利用も多いという。インターネットの領域でも「ハラル」や「ムスリム」が新たなキーワードとして注目されており、国境のないオンラインのハラルマーケットはさらに大きな市場として成長を始めている。

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この記事を書いた人

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