1. 人気動画共有アプリ「TikTok」は中国発
日本で中高生を中心に人気を集めるショート動画共有アプリ「TikTok」は、実は中国発のサービスだ。中国版は「抖音(Douyin)」といい、TikTok はこのグローバル版サービスという位置付けだ。動画の視聴時間が 15 秒と短いため、投稿も視聴もスマホから気軽にできるという特徴がある。
抖音と TikTok を運営する Bytedance(字節跳動)は、ニュースアプリ「今日頭条(Toutiao)」を運営する企業としても知られる。抖音のリリースは 2016 年 9 月で、先に欧米で人気を得てグローバル展開をしていたショート動画共有アプリ「musical.ly」のパクリと揶揄されることもあった。しかし 2017 年 11 月に Bytedance は musical.ly の買収を発表。詳細は明らかにされていないが、Wall Street Journal の報道によれば、買収額は 8~10億米ドルだったようだ。
musical.ly は買収された後もサービスを続けていたが、2018 年 8 月までに TikTok に統合されている。ちなみにmusical.ly も中国発のスタートアップで、CEO(最高経営責任者)は中国人だ。上海と米サンフランシスコに拠点を置いていたことから、欧米から先に火がついた。当時のユーザー数はおよそ 2 億人とも言われ、そのうち米国が 40%、欧州が 40%、南米とアジアが 20%を占めていた。
統合を経てパワーアップした Bytedance は、2018 年 10 月にソフトバンクグループのソフトバンク・ビジョン・ファンドや米投資ファンドの KKR などから 30 億元を越える資金調達に成功している。会社評価額は 750 億米ドルで、2019 年中の株式新規公開(IPO)を目指していると伝えられる。
2. 抖音の利用傾向
Bytedance の公式発表によれば、2019 年 1 月時点の中国国内における抖音の DAU(1日のアクティブユーザー数)は 2.5 億人で、月間では 5 億人を越えるという。2018 年 1月の DAU は 3,000 万人で、わずか 1 年で 8 倍以上に膨れ上がっている。
ユーザー層は変化を続けており、2017 年 3 月のサービス開始当初には 18~24 歳が中心だったが、およそ 1 年後の 2018 年 6 月には 24~30 歳が全体の 40%を占める。今では高齢者や農村住民にまで利用が広がっているという。
また新京報新媒体が発表した「抖音研究報告」によると、ユーザーの男女比は女性が65.4%、男性が 34.6%と圧倒的に女性が多く、21~25 歳が全体の 50%を占める。
居住地別では、北京と上海に住むユーザーがおよそ半分を占め、杭州、広州、深センと続く。ユーザーの 49.1%が一般のユーザーで、残りの 34.3%が網紅(いわゆる YouTuberのようなネット上の有名人)や主播(ライブ配信の配信者・パーソナリティ)、12.6%が芸能人や歌手、アナウンサー、3.7%が企業やブランド、政府機関、民間組織となっている。
学歴別では 4 年制大学以上が全体の 41.9%で、専科大学が 25.9%、高校が 24.5、中学以下が 7.7%となっており、7 割近くが大学の学歴を持つ。
動画の傾向としては、歌やドラマシーンのリップシンク系(口パク)、「XXX を踊ってみた」のようなダンス系、面白いことをやってみる悪ふざけ系の動画が依然として主流であるが、現在はグルメ、旅行、政務、親子など幅広い内容の動画が投稿されるようになっている。女性が化粧や衣装で変身する前後を撮影した動画や何度も挑戦してようやく成功したスゴ技動画のような“凝った力作”がある一方で、農村の市場で野菜を売る老人の様子や泣き続ける子供の様子をただ撮影したような日常をとらえた動画も数多く投稿されている。
2018 年 5 月時点の芸能人・歌手、網紅・インフルエンサー、一般ユーザーのファン数 TOP10 は次の図の通りとなっている。
3. ヒットの理由は
抖音ではすでにある動画をマネすることが一つの文化になっているため、有名歌手になりきって口パクで歌ったり、誰かのスゴ技をマネして失敗してみたりするだけで十分コンテンツになる。YouTube のように動画を作り込んだり、新しいネタを用意してオリジナル性を出したりする必要はなく、他の動画サービスに比べて投稿のハードルが限りなく低いことが挙げられる。
抖音は 1 つの動画が 15 秒でできているため、スマホ一つあれば数分で動画を撮影して投稿できるという手軽さが、せっかちで面倒を嫌う中国の人たちの好みにマッチしたようだ。豊富に用意されているフィルターや効果を使えば、かわいく加工したり、より面白くしたり、音楽をつけたりすることも容易だ。すでに自撮りアプリや美肌アプリで“写真を盛る”ことに慣れている中国の女性たちが、新たに自分をアピールする場として“盛れる動画”に飛びついたのも自然な流れだろう。
画面上部にある「おすすめ」のタイムラインには、自分がフォローしていない人の動画がどんどん流れてくるのだが、ユーザーは偶然出会った動画が純粋に面白いから「いいね」をすることもあれば、後でマネをする際に検索が容易になるよう「いいね」をつけておくこともある。どちらの「いいね」なのかはさておき、抖音への投稿を始めたばかりの人でも「いいね」やフォロワー数が増えやすく、ユーザーの承認欲求が満たされやすい仕組みになっている。
もちろん自分の動画を微信(WeChat)や微博(Weibo)でシェアすれば、さらに多くの「いいね」をもらえる上、同じマネをした動画を投稿して友人とどちらが多くの「いいね」を集められるかという“PK”的な楽しみ方ができる点も中国の若者の心をとらえているようだ。
4. トラブルよりも違法コンテンツ対策が課題
日本では TikTok で使われる音楽の著作権侵害や注目を集めるための迷惑行為が取りざたされたり、小中学生のユーザーがいじめやトラブルに巻き込まれるケースが問題視されたりしている。
一方の中国でも、迷惑行為や撮影を原因とした事故を批判する声はあるが、さほど大きくはない。それよりも政府にとって頭痛のタネである“違法なコンテンツ”の方が問題となっており、抖音は当局の指導の下、定期的に違法コンテンツや違反アカウントの取り締まりを行っている。
2018 年 3 月に行われた大規模な取り締まりでは、1 カ月間に 2 万 7,231 件の動画が削除され、1 万 5,234 のアカウントが永久凍結された。削除の理由は、わいせつ、低俗、侮辱、デマ拡散、迷惑広告、版権侵害、賭博等といったものだ。抖音で人気の挑戦動画では、女性同士の派手なケンカ、ヘリウムガスで声を変える、車に衝突する、スピードを出す、スピリチュアル体験、ビットコインといったテーマの動画が削除対象となった。
このほか、抖音の検索広告の中で歴史上の英雄を侮辱している、動画の中で共産党をイメージさせるものを使って悪ふざけしている、サードパーティのサービスが抖音の個人データを未許可使用している、動画で紹介している微信(WeChat)のアカウントで詐欺が行われている、といった理由での処分も報じられている。
5. インフルエンサー広告の相場は
抖音で多くのファンを抱える網紅を「抖音達人」と呼ぶが、ライブ配信の広告利用と同様に、抖音でも芸能人や抖音達人を使ったいわゆるインフルエンサーマーケティングが広まっている。
国内 SNS 専門のデータプラットフォーム TooBigData によると、P.5 に掲載した網紅・インフルエンサーのファン数 TOP10 で 1 位にランクインしている「♡会说话的刘二豆♡」の場合、ペット動画が対象で、通常の 15 秒の動画「短視頻」での広告を依頼した場合の費用は 52 万元、1 分の「長視頻」では 78 万元となっている。
ほかにも短編アニメを投稿する「一禅小和尚」は短視頻が 39 万元、長視頻が 58.5 万元、イケメン抖音達人として人気の「七舅老爷」は、短視頻が 36.4 万元、長視頻が 54.6万元、P.5 に掲載した一般ユーザーのファン数 TOP10 で 1 位となった「黑脸 V」は、短視頻が 78 万元、長視頻が 117 万元だ。ちなみに 2017 年の北京の IT 産業の平均月給は1 万 3,300 元(約 21 万 6,000 円)となっている。