人気すぎる中国のモバイルゲーム「王者栄耀」が招く新たな規制

目次

1. 「王者栄燿」がかつてない騒動に

騰訊(テンセント)が開発したモバイルゲーム「王者栄燿」の人気が過熱している。小学生から大学生、大人までもが熱中し、今や登録ユーザー数は 2 億人以上、毎日 5,000 万人から 8,000 万人がプレイしているという。

しかしその人気の裏では、子供がゲーム中毒に陥って勉強しなくなったり、課金する ために両親のお金を盗んだりするケースが頻発し、社会問題と化している。なかには、ゲームのやり過ぎを叱られた少年がマンションの 4 階から飛び降り、搬送先の病院で目を覚ましたとたん「王者栄燿をやるからスマホ持ってきて」と言った、などという笑えないニュースもある。インターネット上では、まさに毒薬だと揶揄して「王者栄燿」の発音をもじった「王者農薬」と呼ばれているほどだ。

つい先日には政府系メディアまでもが、ゲームの内容が青少年の価値観に悪い影響 を与えると批判的な報道を行った。企業の社会的な責任を問う声まで出ており、同社の株価にも影響が及んでいる。ひとつのゲームがこれほどまでに問題視され、政府やメディアまでをも巻き込んだ騒動となった例は過去になく、今後発表されるゲーム関連の規 制にも何らかの影響を及ぼすことが懸念される。

2. いったいどんなゲームなのか

「王者栄燿」はいわゆる MOBA (マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ) 系ゲ ームで、2015 年 11 月にリリースされた。Android と iOS の両方に対応しており、騰訊 が運営する SNS「微信(WeChat)」や「QQ」のアカウントでログインすることができる。 5 対 5 で戦う対戦モード、選んだキャラクターを育てる冒険モード等があり、登場する キャラクターは 70 種類ほど。関羽や曹操といった三国志の登場人物や孫悟空、宮本武蔵などもいる。キャラクターには Warrior、Tank、Assassin、Mage、Archer、Support と いったタイプがあり、それぞれ違った能力や特殊攻撃を持つ。

これほどまでの人気となった大きな理由は、「5人で戦う」という遊び方にあるとい う。キャラクターのタイプを考えながら友人や同僚とパーティを組み、お互いに助け合いながら戦うことで帰属意識が強まり、仲間から賞賛されることで承認欲求が満たされるのだという。

また操作が簡単でゲームを始めたばかりの人でもすぐに楽しめる上、勝敗の決定要素 が複雑で、課金して強い武器を揃えれば勝てるというわけではないことも、誰もが楽し める理由となっている。1 回のプレイ時間は平均 20 分ほどで、ちょっとした空き時間 にちょうどいいというのもあるだろう。もちろん、春節(旧正月)やバレンタインデーと いった祝日のタイミングに合わせてイベントが行われたり、ログインボーナスもあれば、レアキャラや限定アイテムの配布もあったりする。次々と新しいキャラクターを投入するなど、飽きさせないための様々な工夫が凝らされていることは言うまでもない。

さて、その人気ぶりをデータで見てみよう。登録ユーザー数は今年 5 月時点で 2 億人 を越え、全モバイルゲームユーザーの 22.3%がプレイしている。1 日のアクティブユー ザー数(DAU)は 5412.8 万人、月間アクティブユーザー数(MAU)は 1.63 億人で、毎日平均 175 万人の新規ユーザーが増えている計算だ。

ユーザーは 20 代が半数を占めており、男女比は意外にも男性が 45.9%、女性が 54.1% と女性がやや多い。

ただ、小学生の多くは自分のスマートフォンを持っておらず、両親、特に母親のアカ ウントを使って母親のスマートフォンでゲームをしている可能性は高い。データには表れないが、小学生が含まれる 14 歳以下の比率はさらに大きく、男性ユーザーが実際にはもっと多い可能性は十分考えられる。信用に値しないものの、政府系メディアの中国青年網が、小学生がユーザー全体の 57%、つまり 1.2 億人に上るとのデータを出してい るほか、文匯報は 17 歳以下のユーザー数を 3,600 万人以上と見積もっている。いずれにせよ、想像以上に子供の占める割合が高いことは確かなようだ。

一方、ユーザーの居住地は、1 級都市が 9.5%、2 級都市が 28.7%、3 級都市以下が 61.8%で、直轄市や省都以外の中小規模都市に住む人が多くを占める。地域別では華東が30.2%、華中が16.5%、華南が15.1%、西南が13.1%、華北が12.1%、東北が6.7%、 西北が6.3%の割合となっている。なかでも広東省は全ユーザーの 11.21%を占め、河南 省が 9.17%、江蘇省が 6.74%、山東省が 5.76%と続く(いずれも極光 iPP 調べ)。

3. 騰訊は対策急ぐも、政府系メディアは批判

2017 年第 1 四半期(1-3 月)のモバイルゲーム市場における騰訊のシェアは 49.09%に 上る。業績は好調で、第 1 四半期は「王者栄耀」だけで 55 億から 60 億元の売上があったという。

しかし、ゲームを運営する騰訊に対する批判の声は多い。冒頭でも紹介したように、 子供が勉強しない、親の知らないうちに数万元も課金していた、インターネット上でみつけた他人の身分証番号でログインしている、ゲームをやめさせようとする両親に暴力をふるった、ゲームをとがめられたことを理由に自傷・自殺したといったニュースや教 師や親からの不安や不満、批判を込めた投稿は毎日のようにインターネット上をにぎわせている。

ついには政府系メディアの人民網が、7 月 3 日に「王者栄耀は皆を楽しませるか人生を陥れるか」と題する論評を発表し、「このゲームは架空や虚偽の歴史を扱っており、価値観や歴史観を歪曲する」、「ゲームに没頭しすぎることで子供の精神 面や身体面が過度に消耗する」と批判した上で、ゲームに対するニーズ をある程度満たし、さらに子供を引き付けるものを開発することは出発点に過ぎない、とゲームを運営する騰訊を批判した。 さらには、かつてゲーム中毒者が大量に発生して問題となったネットカフェになぞらえて、「スマートフォンを闇ネットカフェ、はたまた手榴弾にしてはいけない」と述べ、 ゲーム市場やゲーム会社の責任を問うた。

また翌日の 7 月 4 日にも人民網は「ソーシャルゲームの管理監督の強化に一刻の猶 予もない」と題する論評を発表。「王者栄耀」のソーシャル機能はユーザーを楽しませるものだが、ゲーム製作側の予想を越えた結果を生んでいると指摘し、これまで数々の法令を出してきたがソーシャルゲームに関する規定が抜け落ちており、早急に整備する 必要があると説いた。

もちろん騰訊は、子供がゲームに没頭しないよう 早い段階から様々な対策をとっている。まず 5 月に は、騰訊の全てのモバイルゲームで実名登録認証を導入し、認証を経ていないアカウントはゲームにログインできない仕様に変更した。人民網が論評を出す直前の 7 月 2 日には、年齢に応じたプレイ時間の制限を行うと発表。これは 12 歳以下の子供は夜 9 時以降にログインすることができず、プレイできるのは 1 日 1 時間のみ、12 歳以上の未成年も 1 日 2 時間のみに限定するというもので、時間を過ぎればプレイ中のステージが終わった時点で強制的にログアウトする。さらには、保護者向けの管理機能に端末ごとのプレイ可否設定や複数アカウントでのプレイ可否設定を新たに追加している。これにより、70 万件ほどのアカウントに制限がかけられているという。このほか、未成年者の課金に上限額を設ける計画があるとも聞かれる。

4. 騰訊の株価に影響、今後は規制強化の可能性も

人民網の論評を受け、7 月 4 日には騰訊の株価が 4.13%もの大幅な下落となった。わずか 1 日で 151 億ドルが消えた計算だ。この影響で A 株に上場するゲーム会社の株価 は軒並み下落し、順網科技が 6.93%、三七互娯が 5%、遊族網絡が 4%、昆侖万維、遊久遊戯、金山軟件なども 2%前後それぞれ下落している。

そもそも「王者栄耀」は、AppStore では年齢制限 が「17+」となっている。しかし実際には、ユーザー の多くが未成年者であり、これにより様々なトラブルが発生していることは明らかだ。政府が今後、未成年者のゲーム利用について新たな規制を設ける可能性は大きい。

あるゲーム会社の責任者はメディアのインタビュ ーに対し、社会全体が「ゲームのような虚偽的世界に没頭するのは社会の発展に有害だ」という考えに染まっていると懸念を示した上で、当局が年齢制限を目的としたゲームの等級付けを行い、ゲーム内容とユーザーの年齢を厳格に管理するのではないかと答えている。その場合、騰訊のユーザーは 4 分の 1 に減り、売上も今より40%ほど減って、騰訊というゲ ームプラットフォーム自体が危機に陥る可能性があるという。

中国政府は IT 領域の新興サービスについて、まずは市場の成長を優先し、問題があってもいったんは業界の規律意識に任せ、市場の自浄作用が働くのを待ち、それでも効果が見られずに問題が大きくなるようであれば、新たなルールを作って規制するという 手順を踏んでいる。

実際、様々な問題が出たライブ配信サービスには、続々と細かな規制が発表されてい る。最近ではシェアサイクルについて一部都市で電動自転車の導入を禁止したり、指定 駐輪場を設けるよう指導したりする動きが出ている。モバイルゲーム分野は、既に問題 が生じればすみやかに規制を設けて管理していく段階にある。人民網が論評で指摘した ソーシャルゲームやソーシャル機能に関する規定は、そう遠くない時期に発表されるかもしれないが、他方、ゲームの等級付けによるユーザーの年齢制限は、両親のアカウントや他人の身分証明書を使うといった抜け道が使われており実効性に乏しい。これまでに発表されている法令の傾向からすれば、年齢制限に違反した未成年者を処罰するよりも、ゲーム運営側に何らかの強制措置を取らせる可能性が高そうだ。ログインのたびに 顔認証が必須になるとのうわさも出ているが、騰訊は顔認証技術において阿里巴巴(アリババ)に引けを取らない技術力を持っており、今年 3 月には照合率 99.80%を実現したと伝えられている。ゲームは子供に有害、ゲームは社会の発展を妨げるといった世論に後押しされれば、ログイン時の顔認証が本格導入される可能性は否定できない。

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この記事を書いた人

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