1. すでに動画コンテンツの海賊版対策では一定の成果
中国では長らくコピー商品や海賊版コンテンツが横行していたが、近年は当局が取り締まりに本腰を上げたこともあり、ずいぶん状況は改善されてきている。特に昨年あたりから始まった海外コンテンツの版権(IP)争奪戦を背景に、大手 IT 事業者は自ら率先して違法な配信を取り止めている。さらに自社が持つ IP を守るため社内にネットパトロールチームを用意して、積極的に海賊版の取り締まりを行っている。
今年 4 月には大手動画サイトの「捜狐視頻(SOHU)」が、独占配信契約を結ぶアニメ「SLAM DUNK」を無許可で配信する複数のサイトに対して著作権侵害行為を訴え、一審判決で勝訴したことが報じられた。日本製アニメの著作権に関する裁判としては中国初となる。
捜狐視頻の「HUNTER×HUNTER」は独占配信を指す「独播」マークがつく
大手事業者同士が相互に権利侵害の訴訟を起こすことが当たり前となった今、企業にとって海賊版は害をもたらすものでしかない。そもそも海賊版対策を約束しなければ許諾が得られないという事情もあるが、海賊版に正面から立ち向かう姿勢をアピールすれば、海外のライセンサーとの関係改善と国内ユーザーへのイメージアップが図れるとの意図もある。さらに正規の許諾を得た作品ならば広告収入も望むことができる。中国の海賊版に対する意識は、企業が先導する形で確かに変わりつつある。
人気動画サイトの「愛芸奇(iqiyi)」は、トップページで「ONE PIECE」の正規配信をアピール
2. オンライン音楽配信市場も環境改善へ
当局は次の段階として、違法な楽曲コンテンツの一掃に乗り出した。以前は繁華街に行くと海賊版CD・DVD が 1 枚 5 元や 10 元で販売されていたが、インターネットが普及し、スマートフォンを皆が持つようになった今では、インターネットを通じた無断配信が主流となっている。百度(Baidu)のような大手ポータルサイトから直接 MP3 ファイルがダウンロードできたり、違法サイトにリンクが張られていたりと、いずれにしても海外の最新曲から古い中国の民謡まで様々な楽曲を無料で入手することができる。ユーザーにとってはドラマやアニメ同様、音楽は無料で入手するもの、という認識が当たり前なのだ。
MP3 ファイルがダウンロードできる違法サイト
国家版権局は 7 月 8 日、国内のオンライン音楽配信サービス事業者に対して無許諾で配信している楽曲コンテンツを 7 月末までに取り下げるよう命じる通知を発表した。
本通知では、「中華人民共和国著作権法」および「情報ネットワーク伝播権保護条例」、「著作権行政処罰実施弁法」などの関連規定に基づき、音楽作品の権利所有者の権利保護の強化とオンライン音楽配信サービスの版権秩序の規範化を目的として、7月よりオンライン音楽配信サービス事業者に対する監督管理を強化すると説明。現在は多くの楽曲コンテンツが無許諾で配信されていると指摘した上で、7 月 31 日までにサービス事業者に対し許諾のないすべての楽曲を削除するよう求めた。また期限を過ぎても対処しない場合は法に基づいて厳格に調査、処分するとした。
同局の担当者はメディアのインタビューに対して、同局の通知の中で「責任を持って命令を完成させる」という非常に重い意味を持つ“責令”という単語を使ったのは初めてだと答えていることからも、当局がこの問題を相当重視していることがわかる。併せて同局は 7 月 15 日に北京で「オンライン音楽版権保護工作座談会」を開き、QQ 音楽、阿里音楽、酷狗音楽、百度音楽といった大手オンライン音楽配信サービス事業者の責任者を招集。同局版権管理司の于慈珂司長は、期限の直前まで放置しておかず速やかに取り下げるようにと釘を刺し、「今すぐに取り下げれば、過去の違法な配信について咎めない」と約束した。
各社が削除した曲数
その後、8 月 3 日に同局が明らかにしたところによれば、最終的に 16 社が合計 220 万曲あまりを削除した。最も多かったのは検索サイト百度(Baidu)が運営する百度音楽で64.2 万曲、一方で捜狗(SOGOU)と蜻蜓 FM は無許諾の楽曲はなかったとしている。
今回の施策の結果を受けて、同局は引き続き監視を強めるとし、深刻な権利侵害については司法機関に移して刑事責任を追及すると強調した。実際には無断配信を行う小規模なサイトが無数に残っている上、いったんは取り下げたものの再び配信を始める事業者も現れるだろう。同局は今年に入り数回に渡って座談会を開き、オンライン音楽配信サービス事業者と国内外の主要音楽レーベル(レコード会社)を招いて版権保護の強化と市場の環境改善を呼びかけてきた。動画コンテンツでは企業とユーザーの双方に版権保護の意識が芽生えていることから、楽曲コンテンツにおいても理解の下地はできているものと思われる。これからの粘り強い対応が肝心だ。
3. 日本の楽曲コンテンツを中国へ
楽曲コンテンツは中国において「音響映像製品(音像制品)」にあたる。日本の楽曲コンテンツを中国でオンライン配信する、あるいは完成品の CD として中国で販売するためには、まずは楽曲音源や CD の輸入手続きが必要となる。この際、必ず「出版物輸入経営許可証(出版物进口经营许可证)」を持つ出版輸入業者に手続きを委託する必要があることに注意したい。
(1)著作権契約書の届出登記
中国への輸入にあたり、まず中国における使用許諾を受けた出版事業者が、権利元と取り交わした契約書を中国版権保護センター(CPCC、版権局新聞出版総署の直属機関)で届出登記(備案)する。届出登記が完了すると版権局から著作権契約登記批准証(著作权合同登记批复)が発行される(登録番号を付与)。※1
●必要書類
・著作権合同備案申請表
・申請者の身分証明書(法人の場合は営業ライセンス)
・当該著作権の譲渡あるいは使用許可の契約書または協議書
・当該作品のサンプル・代理人に申請を委任する場合は委任状
・代理人の身分証明書(法人の場合は営業ライセンス)
・著作権や権利に帰属するその他の証明材料
●処理期間
届出登記の受理から 30 営業日。
補足資料が必要な場合は、補足資料の受理後 30 営業日(補足資料は、通知を受領後 60日以内に提出する)。処理の完了後に、登記証書(国家版权局著作权合同登记批复)を発行し、併せて CPCC のサイト上で公告する。
●費用
音楽作品の場合、歌詞と曲 300 元、曲のみ 200 元。シリーズ作品の場合は 2 曲目からは 1 曲あたり 100 元追加。直接 CPCC の財務処で支払うか銀行振り込みとし、支払いを確認した後に書類が受理される。
●手続きの場所 ※郵送による受付も可
・CPCC 天橋版権登記大庁:北京市西城区天桥南大街 1 号天桥艺术大厦 A 座一层
・CPCC 雍和版権登記大庁:北京市东城区安定门东大街 28 号雍和大厦西楼一层
(2)新聞出版総署への輸入許可申請
次に出版輸入業者を通じて、新聞出版総署に輸入許可を申請する。この時、楽曲コンテンツの内容審査が行われる。※2
●必要書類
・輸入録音製品審査報告表(进口录音制品报审表)
・版権貿易協議の草案(原文および中国語訳)
・マスターライセンス権利者の登録証明
・版権授権証
・版権局が発行した著作権契約登記批准証登記証書
・楽曲コンテンツのサンプル(CD)
・曲名および歌詞のテキスト(原文および中国語訳)
・その他審査に必要な材料
●処理期間申請から 30 日以内。
審査に合格した場合は音響映像製品輸入許可証(进口音像制品批准单)を発行し、不合格の場合は理由を書面で通知する。
(3)税関での輸入手続き新聞出版総署が発行した輸入許可証を以て、出版輸入業者が税関で楽曲コンテンツのマスターテープの通関手続きを行う。輸入許可証は一度の通関でのみ有効となり、有効期間は 1 年間。※2
なお、配信あるいは出版のために輸入した楽曲コンテンツの版権利用許諾期間内に、当該楽曲の完成品 CD を輸入することはできない。
(4)配信事業者による内容審査かつてはオンラインでの配信にあたって文化部が「インターネット文化管理暫行規定(互联网文化管理暂行规定)」に基づき楽曲コンテンツの内容審査を行っていた。しかしインターネットサービスの拡大で審査の申請が急増したことから、2013 年 12 月 1 日からは配信事業者による自主審査に取って代わった。海外製の楽曲コンテンツも自主審査に合格すれば配信可能だ。※3
なお、オンライン音楽配信サービスは、経営性の「ネットワーク文化経営許可証(网络文化经营许可证)」を持つインターネット事業者しか行うことができない。
※1 中国版权保护中心 著作权合同备案登记指南
关于对出版境外音像制品合同进行登记的通知 (国家版権局、1995.2.1 施行)
国家版权局关于出版境外音像制品著作权合同登记工作有关问题的通知 (国家版権局、1999.6.8 公布)
关于明确涉外著作权合同登记工作性质的通知 (国家版権局、2015.6.9 公布)
※2 音像制品管理条例 (国務院、2011.3.19 公布)
音像制品进口管理办法 (新聞出版総署、2011.4.6 公布)
※3 网络文化经营单位内容自审管理办法 (文化部、2013.8.12 公布)
关于实施《网络文化经营单位内容自审管理办法》的通知 (文化部、2013.8.12 公布)
そのほか、出版管理条例 (国務院、2011.3.19 施行) 互联网文化管理暂行规定(文化部、2011.4.1 施行)等
4. 有料音楽配信サービスは定着するのか
これまで無料が当たり前となっていた中国の音楽市場だが、大手事業者が次々と有料の音楽配信サービスを始めている。QQ や微信(WeChat)を運営する騰訊(テンセント)は、「QQ 音楽」という無料の音楽配信サービスの中で VIP 会員向けに「Green Diamond」という有料サービスを提供している。会員数はすでに 300 万人を突破しており、高品質な音楽ファイルが利用できるほか、会員限定ライブやアーティストグッズの販売などが好評だ。
QQ 音楽 http://y.qq.com
また EC 大手の阿里巴巴(アリババ)も音楽事業への参入を表明。2015 年 3 月に傘下の音楽サービス「蝦米音楽」、「天天動聴」を一体化し、新たに「阿里音楽(Ali Music Group)」
を立ち上げている。すでに多くの大手レコード会社と提携し、台湾や香港の人気歌手の独占配信権を取得しているほか、話題になっている“ネット歌手”と契約し自社で版権を所有する動きも見せている。
変わったところでは今年 7 月に 60 億円を調達したばかりの A8 電媒が、インディーズで活躍するミュージシャンや一般の音楽ファンが自作した楽曲を独占配信するビジネスモデルを始めている。これまでに 4 万人以上から 13 万曲あまりの作品がサイトに投稿され、A8 電媒を通じて全国デビューした例もある。人気が出て中国移動や中国聯通で独占配信されるようになれば、売上の 3 割ほどが制作者に支払われるという。
A8 音楽.com http://www.a8.com/
中国のインターネット利用者数は 2015 年 6 月末時点で 6.68 億人に上り、このうちスマートフォンなどを使ったモバイルインターネットの利用者は全体の 88.9%を占める 5.94 億人に達している(第 36 回中国インターネット発展情報統計、2015.7)。またインターネット利用者の 72%にあたる 4.8 億人が音楽配信サービスを利用しており、これは動画サイト利用者の 4.6 億人(69.1%)を上回る。音楽市場においても著作権に対する意識は変わらざるを得ない状況となっており、相当の時間はかかるものの確実に環境は改善していくものと思われる。