立ち上がり始めた中国のおサイフケータイ市場
携帯電話を使って支払いをする、いわゆる「おサイフケータイ」サービスは、中国で「手机近程支付(携帯電話近距離支払い)」と呼ばれ、日本と同様に実店舗での買い物やバス・地下鉄での利用が進んでいる。
中国のおサイフケータイは、事前にチャージした金額の範囲内で利用するタイプと金融機関のキャッシュカードを用いた即時決済サービス「銀聯」を応用して、決済操作と同時に登録した口座から直接引き落とすタイプがある。いずれも金融機関と提携してサービスを行っており、日本のEdyやSuicaのように電子マネー発行会社が発行する電子マネーを用いたものではない。
中国のおサイフケータイ利用者数は、中国移動(チャイナモバイル)が提供する「手机钱包(携帯電話財布)」だけで8000万人(2012年11月末)を突破しており、2012年の総取引額は450億元に上る見通しとなっている。また調査によれば、おサイフケータイを利用したことがある場所は、スーパー、コンビニ、ショッピングモール、交通機関、自動販売機の順となっており、最もよく利用する場所としてスーパーや交通機関が挙げられている。
また1人当たりの月間消費額は100元以下が全体の60%以上を占めており、ちょっとした買い物やバス・電車といった少額の支払いが中心であることが分かる。一方で毎月500元以上を使う利用者が圧倒的に少ないのは、ショッピングモールやレストランなどで高額な支払いをする際には、同じ非現金決済手段の中でも銀聯カードで直接支払う方法がすでに浸透しているためと考えられる。
中国のおサイフケータイは3種類が混在
中国でおサイフケータイと呼ばれるものには、日本と同様に携帯電話の本体にRFID(非接触IC)が内蔵されているもののほか、RFIDを内蔵したSIMカードを利用する方法やスマートフォンに外付けする決済端末(小型の磁気カードリーダー)を利用する方法がある。
◇RFID内蔵型
携帯電話端末メーカーが金融機関と提携してRFIDを内蔵したスマートフォンを開発、販売しているもので、利用する通信キャリアは問わない。
利用者は家電量販店などで対応端末を購入した後、銀行の窓口でおサイフケータイ機能をアクティベーションする必要がある。銀聯のシステムを利用するため、サービスに対応した金融機関に口座を持つ必要があるが、買い物の際には店頭の読み取り端末に携帯電話をタッチするだけで支払いが完了する。
台湾の端末メーカー大手HTCは、おサイフケータイの普及に積極的に取り組んでおり、中国国内で販売する全ての携帯電話端末に次世代近距離通信のNFC(Near Field Communication)モジュールを搭載する計画を発表している。直近では 2012年9月に招商銀行と提携して、おサイフケータイ対応端末を3機種発表している。
◇RFID‐SIMカード型
中国移動が提供するおサイフケータイサービス「手机钱包」が採用している方法で、RFID機能のある専用SIMカードに交換するだけで、携帯電話本体や電話番号を変えることなく利用できる。中国移動の窓口で専用SIMカードを購入した後、携帯電話からサービスの開通手続きをするだけでよい。電子マネーのように事前にチャージした金額の範囲内で利用するもので、中国移動の窓口で現金をチャージするのはもちろん、インターネットバンキングからも1000元を上限にチャージできる。専用SIMカードの購入に100元、毎月の基本利用料が5元かかるほか、金融機関によっては基本利用料として毎月10元程度を徴収している。
また2011年6月から広東省深セン市で利用が始まったおサイフケータイサービス「深圳通」でもRFID機能のある専用SIMカードが用いられている。
専用SIMカードは、中国移動か深圳通の代理店窓口を訪れ100元で購入する必要があるが、同額の通話料がサービスされるため実質無料となる。こちらも電子マネーのように事前にチャージした金額の範囲内で利用するもので、毎月の基本料金やチャージ手数料はかからない。深圳通は交通機関での利用を重視しており、深セン市内を走る地下鉄やバスはもちろん、タクシーや駐車場の支払いにも利用できる。なお中国移動が提供する「手机钱包」とは別の独立したサービスで、チャージ金額も別管理となっている。
◇外付け決済端末型
米Square社が提供する「Square」と同様に、モバイル端末のイヤホンジャックに小型の決済端末を取り付けて支払いを行う方法で、中国でも複数の事業者がサービスを提供している。いずれも銀聯のシステムを利用しており、一部クレジットカードにも対応している。
個人向けサービスでは、インターネットバンキングの契約がなくても銀聯で携帯電話への通話料のチャージ、ECサイトの支払い、光熱費の支払い、オンラインゲームの課金などを行うことができる。消費者は、自分のスマートフォンにアプリをダウンロードした後、支払いメニューの中から希望する支払い項目を選択し、セットした端末にキャッシュカードをスライドさせるだけでよい。多くの場合1~3%ほどの手数料がかかる。
また小売店向けサービスの場合、レストランや小売店に用意されているスマートフォンやタブレット端末に店員が金額を入力した後、消費者が自分でカードをスライドさせるだけ支払いが済む。サービスによっては、さらに暗証番号や電話番号を入力したり、画面にサインをする必要があるが、読み取った情報は暗号化され、通信回線を通じて金融機関に送られて決済が完了する。スマートフォンが決済POS端末として利用できるようになるため、小さな店やタクシーなどでも支払いを受けることができる。消費者にとってもクレジットカードやキャッシュカードを相手に渡すことなく安全に支払いを済ますことができるという利点がある。
個人向けサービスを展開する「楽刷」は、公式Webサイトから決済端末を購入し、専用アプリをダウンロードすればすぐに利用できる。決済端末は1つ39元(約500円)と手ごろで、大きさは33×25×9mm。現在は中国の身分証を元に開設した銀行口座のカードにしか対応しておらず、利用上限金額は1回3000元、1日5000元で、1カ月の取引回数は20回まで合計1万元という制限がある。カードの認識率が低く何度もスライドする必要があるという意見や、通話料のチャージ完了まで時間がかかるといった問題点も見受けられるが、決済やチャージの手数料が無料であることから、利用者が増加している。
またレノボ(聯想)グループが運営する「拉卡拉(Lakala)」は、スマートフォンへのサービスとは別にコンビニやスーパーの中に決済端末を設置して、スマートフォンを持たない幅広い年齢層を取り込むことに成功している。銀行や指定窓口の長い列に並ばなくても済むと消費者に好評なのはもちろん、銀行側は窓口での混雑が解消され、コンビニなどの端末設置店は初期導入コストが2000~3000元ほどかかるものの、来店時の“ついで買い”が期待できる上、決済数に応じた報奨金も受け取れるという互恵関係が成立している。
中国に適したおサイフケータイの姿を模索
中国のおサイフケータイの最大の特徴は、すでに普及している銀聯のサービスを応用して決済処理を行っていることだ。中国の人々にとって、銀聯の「決済と同時に自分の口座残高から即時引き落とされる」という仕組みはすでに馴染みがあるもので、店側も対応する電子マネーごとに読み取り端末やインフラを用意する必要もない。電子マネーを金融機関以外が発行すること自体が様々な事情で難しいことも考えられるが、すでにある銀聯のシステムをうまく活用した例といえる。
一方で、おサイフケータイを日本と同様に「携帯電話一つで支払いができるもの」と定義するならば、外付け決済端末を用いる方法はキャッシュカードと専用端末が必要となるため、おサイフケータイとしてではなく遠距離決済の手段として発展する可能性が高そうだ。また決済にかかるコストや安全性への不安が普及のボトルネックとなっていることから、しっかりしたセキュリティ対策を進めると共に、消費者の身の回りでどれだけ利用機会を増やせるかが発展の鍵を握るだろう。このほか、モバイル機器からのインターネットバンキングを含めて中国では携帯電話を使った決済行為自体がまだ新しいことから、今後の発展のすう勢によっては新たな規制が始まることも十分考えられる。